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人物図鑑 新選組 生年 1835年 没年 1869年

土方歳三

新選組副長。「鬼の副長」とも呼ばれ、隊の規律を徹底しながら近藤勇を支えた中心人物。 戊辰戦争では各地を転戦し、箱館戦争(五稜郭の戦い)で戦死した。

人物概要

土方歳三

土方歳三とは

土方歳三(ひじかた としぞう)は、新選組の副長として知られる幕末の人物です。 武蔵国多摩郡石田村(現・東京都日野市)に生まれ、天然理心流の門人として剣術を磨きました。 京都では近藤勇の右腕として隊を支え、規律を徹底して組織を引き締めたことから「鬼の副長」とも呼ばれます。 戊辰戦争では旧幕府側の指揮官の一人として転戦し、箱館戦争(五稜郭の戦い)で戦死しました。

諱(いみな)
義豊(よしとよ)
別名
土方歳蔵(上京前)
生年月日
天保6年5月5日(1835年5月31日) ※日付は資料により表記が異なる場合があります
没年月日
明治2年5月11日(1869年6月20日)
出身地
武蔵国多摩郡石田村(現・東京都日野市石田)
流派
天然理心流(門人)
主な役職
新選組副長、甲陽鎮撫隊(副長)、蝦夷島政府(箱館政権)陸軍奉行並

人物像のポイント

要素ポイント
性格・特徴現実主義で実務に強く、規律を重視。組織運営の要として機能した。
統率・規律隊の掟を徹底し、違反者には厳罰も辞さない姿勢から「鬼の副長」と呼ばれた。
戦略・判断京都での治安維持だけでなく、戊辰戦争では部隊指揮官として転戦し、戦局判断を担った。
評価賛否はあるが、組織を維持し戦い抜いた意志の強さは後世でも語られている。

年表(主要な出来事)

1835
誕生
武蔵国多摩郡石田村(現・東京都日野市)で生まれる。
1859
剣術修行・天然理心流へ
日野宿周辺で剣術を学び、天然理心流の人々と交流を深める(入門時期は諸説)。
1863
浪士組に参加
将軍上洛警護の浪士組に応募し上洛。のち壬生浪士組を経て新選組の中核となる。
1864
池田屋事件
池田屋事件で新選組が注目を集める。土方は部隊運用・増援などを担い組織を支える。
1868
戊辰戦争へ(甲陽鎮撫隊など)
鳥羽・伏見の戦い後、旧幕府側として各地を転戦。近藤の捕縛・処刑後も戦いを継続する。
1869
箱館戦争・戦死
蝦夷地(箱館)へ渡り指揮を執るが、箱館総攻撃の最中に戦死(一本木関門付近とされる)。

関連事件・出来事

事件1864年

池田屋事件

池田屋事件

新選組の名を一躍有名にした事件。土方は現場の運用・増援などを担い、近藤隊を支えたとされる。

事件1867年

油小路事件

油小路事件

伊東甲子太郎一派(御陵衛士)との対立の末に起きた襲撃事件。土方が主導したとされるが詳細は見解が分かれる。

関連人物

近藤勇
近藤勇
新選組局長。土方歳三の盟友であり、京都での活動を二人三脚で支えた。
沖田総司ちびキャラ
沖田総司
新選組一番隊組長。土方の指揮下で活躍した剣の達人として知られる。
斎藤一ちびキャラ
斎藤一
新選組三番隊組長。実戦での働きが多く、土方のもとで隊を支えた幹部の一人。
榎本武揚ちびキャラ
榎本武揚
旧幕府海軍の中心人物。蝦夷地へ渡り、箱館での体制を主導したとされる。

ゆかりの地

日野市石田(生誕地)
東京都日野市石田周辺。土方歳三が生まれ育った地として知られる。
日野宿(佐藤彦五郎の縁・支援者)
日野宿周辺は新選組ゆかりの地が多い地域。土方も剣術修行や交流の場としたと伝わる。
京都・壬生(新選組の活動拠点)
壬生周辺は新選組の初期活動の中心。土方は副長として警備・取締を指揮した。
京都・西本願寺(屯所)
新選組が屯所を置いたことで知られる。隊の運営・出動の拠点となった。
函館(一本木関門付近・最期の地とされる)
箱館戦争の最終局面で戦死した場所の一つとして、一本木関門付近が挙げられる。