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人物図鑑 天然理心流 生年 1792年 没年 1867年

近藤周助

天然理心流(三代目宗家)として知られる剣術家。江戸・市谷に道場「試衛館」を開き、多くの門人を育てた。 新選組局長・近藤勇の養父でもあり、試衛館からは沖田総司や土方歳三ら、後に新選組を支える人物が巣立っていった。

人物概要

近藤周助

近藤周助とは

近藤周助(こんどう しゅうすけ/周斎とも)は、天然理心流の三代目宗家として知られる幕末期の剣術家です。 天保10年(1839年)、江戸・市谷甲良屋敷(現・新宿区市谷柳町付近)に天然理心流の道場「試衛館」を開設し、 多摩・日野方面にも稽古場を広げながら門弟を育成しました。 嘉永2年(1849年)には宮川勝五郎(後の近藤勇)を養子に迎え、のちに天然理心流四代目の相続へつながっていきます。 ※「周助/周斎」などの呼称や細部は資料表記に差があるため、ページ内は整理して表記しています。

旧姓
嶋崎(しまざき)
名乗り
近藤周助 → 近藤周斎(隠居後の名乗り)
生年
寛政4年(1792年)
没年月日
慶応3年10月28日(1867年11月23日)
出身地
武蔵国多摩郡小山村(現・東京都町田市)
流派
天然理心流(三代目宗家)
主な立場
試衛館 道場主/師範(門人育成)

人物像のポイント

要素ポイント
役割剣術家であり、道場経営者として門弟を育てた"師の中心"。
試衛館後の新選組中核メンバーが集った天然理心流道場として知られる。
近藤勇との関係宮川勝五郎(近藤勇)を養子に迎え、天然理心流の相続へつなげた。
注意点呼称(周助/周斎)・細部(移転時期など)は資料差があるため、断定しすぎない記述が安全。

年表(主要な出来事)

1792
誕生
武蔵国多摩郡小山村(現・東京都町田市)に生まれる。
1812
天然理心流に入門
天然理心流の修行を進め、のちに三代目宗家を継ぐ。
1839
試衛館を開設
江戸・市谷甲良屋敷(現・市谷柳町付近)に天然理心流の道場「試衛館」を開く。
1849
宮川勝五郎(近藤勇)を養子に迎える
才を見込んで養子とし、天然理心流の継承へつながっていく。
1861
家督・流派相続へ(隠居)
近藤勇への相続(四代目)披露が行われたことが日記史料に記録されている。
1863
門弟たちの上洛
近藤勇らが浪士組として京都へ出立。試衛館の留守を守る立場となる。
1867
死去
慶応3年(1867年)に死去。門弟たちは幕末動乱の渦中へ進んでいく。

関連出来事

出来事1839年

試衛館の開設

天然理心流の道場「試衛館」を江戸・市谷に開設。後の新選組中核メンバーが集った場として知られる。

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出来事1849年

近藤勇の養子縁組

宮川勝五郎(後の近藤勇)を養子に迎え、天然理心流の継承の流れが固まっていく。

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関連人物

近藤勇
近藤勇
新選組局長。周助(周斎)の養子となり、天然理心流四代目を継いだ。
沖田総司
沖田総司
試衛館の門人として修行し、新選組一番隊組長として名を残した。
土方歳三
土方歳三
試衛館周辺の人脈の中で剣術を磨き、新選組副長として近藤を支えた。
近藤ふで
周助(周斎)の妻。近藤勇の養母としても知られる。

ゆかりの地

試衛館跡(新宿区・市谷柳町)
天保10年(1839年)に開設された天然理心流の道場跡。新選組の中核となる人物が集った場所として知られる。
小山村(町田市・出生地)
武蔵国多摩郡小山村(現・東京都町田市)。周助(周斎)の出生地とされる。
日野(天然理心流の稽古場)
日野宿周辺にも稽古場が置かれ、門弟たちが修行を重ねたと伝わる。
新宿区 二十騎町(最期の地とされる)
慶応3年(1867年)、移転した屋敷で病死したとされる(詳細は資料により表現差あり)。
金地院(東京都港区・墓所)
近藤周助(周斎)の墓所として知られる寺院。