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人物図鑑 維新志士 海援隊 生年 1836年 没年 1867年

坂本龍馬

土佐藩出身の志士。長崎で亀山社中を率い、のちに海援隊(隊長)として海上輸送・貿易などの活動を展開。 薩長盟約の成立に立ち会ったことや、新国家構想(船中八策といわれる提案)でも知られる。 慶応3年(1867年)、京都の近江屋で暗殺された(近江屋事件)。

人物概要

坂本龍馬とは

坂本龍馬(さかもと りょうま)は、幕末の土佐藩士(のち志士)として活動した人物です。 長崎で亀山社中を結成し、1867年(慶応3年)には海援隊が設立され、隊長として運輸・貿易などの活動を行ったとされます。 政治の面でも、薩長盟約(薩摩・長州の盟約)の成立に立ち会ったことが知られ、 1867年には大政奉還を軸にした「船中八策といわれる提案」を後藤象二郎へ示した、と説明されています。 最期は慶応3年11月15日(1867年12月10日)、京都の近江屋で暗殺されました。

本名
坂本直柔(諱)/通称:龍馬/変名:才谷梅太郎 など
生年月日
天保6年11月15日(1836年1月3日)
没年月日
慶応3年11月15日(1867年12月10日)
出身地
土佐国(現・高知県高知市上町周辺)
主な肩書
亀山社中、海援隊(隊長)
最期
京都・近江屋で暗殺(近江屋事件)

人物像のポイント

要素ポイント
役割政治と実務(運輸・貿易)をつなぐ動きが特徴。亀山社中→海援隊へ発展した流れで語られる。
交渉力薩長盟約の場に立ち会ったことが史料で示される(裏書)。
構想大政奉還を柱にした「船中八策といわれる提案」を示した、と説明される。
評価維新の象徴的人物として人気が高い一方、伝説化した逸話もあるため"史料で確認できる部分"を意識すると堅い。

年表(主要な出来事)

1836
誕生
土佐国の高知城下(現・高知市上町周辺)に生まれる。
1865
長崎で亀山社中
長崎で亀山社中を結成(日本初の商社兼私設海軍と紹介される)。
1866
薩長盟約の成立に立ち会い
慶応2年(1866)に薩長の盟約が成立し、龍馬が立ち会ったことが「同盟裏書」などで知られる。
1867
海援隊の設立
慶応3年(1867)、海援隊が設立され、隊長として活動したとされる(亀山社中が発展した流れで紹介される)。
1867
船中八策といわれる提案
後藤象二郎へ、大政奉還を含む「8つの策」を提案した(船中八策と呼ばれる)と説明される。
1867
近江屋事件(最期)
慶応3年11月15日(1867年12月10日)、京都の近江屋で暗殺される。

関連事件・出来事

政治1866年

薩長同盟(盟約)

薩摩・長州の盟約成立に龍馬が立ち会ったことが、裏書などで知られる。

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政治1867年

大政奉還

「船中八策」といわれる提案が、土佐藩を通じた大政奉還の動きと結びつけて語られる。

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事件1867年

近江屋事件

京都・近江屋で龍馬と中岡慎太郎が襲撃された事件。幕末最大級の謎として諸説がある。

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関連人物

勝海舟
龍馬と関わりが深い幕臣として語られることが多い。海軍・航海の視点を示した人物。

ゆかりの地

高知市 上町周辺(生誕地)
龍馬は高知城に近い城下(現・高知市上町周辺)に生まれたと紹介される。
長崎市 亀山社中跡(亀山社中記念館)
1865年に結成された亀山社中の拠点。日本初の商社兼私設海軍として紹介される。
京都 近江屋跡(坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地)
慶応3年11月15日夜、近江屋で龍馬と中岡が暗殺されたと伝わる地点。石碑が設置されている。
京都 霊山護国神社(墓所)
龍馬・中岡らの墓所として案内される。