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新撰組、山南総長のこと ~後編~

投稿者:鉄太郎 投稿時間:2011年03月28日20時13分29秒 | コメントなし | トラックバックなし

 今年は、山南忌に間に合わなかったのですが、お彼岸の入りの日である18日に光縁寺へ行くことができました。西本願寺、壬生寺へお参りした後、八木邸の前を通り、旧前川邸を訪れ、光縁寺へ向かいました。

 光縁寺では、山南敬助のお墓にお線香を供えた後、本堂に上がってお参りさせていただきました。複数のお位牌が並んでいる真ん中には、東北関東大震災で亡くなられた方のために光縁寺のご住職がつくられた白木のお位牌がありました。

 そして、その右隣りには、山南総長のお位牌がありました。東北関東大震災犠牲者のお位牌の隣に仙台藩出身の山南敬助のお位牌があるということに、とてもご縁を感じました。

 山南さんのお位牌の前で掌を合わせたら、昨年とは違った感覚がしました。昨年は、会いに来てくれてとっても嬉しい、という感覚だったのですが、今年は、何か大切なことを託されたような感覚がありました。

 新撰組の前身が浪士組であったこと、山岡鉄舟が浪士組の取締役であったことは、前々回のブログに書きました。鉄舟は幕臣でしたが、最期の最後まで、共に学びあった幕末の志士たちがいたことを、けして忘れていませんでした。

 山岡鉄舟は、山南敬助と同じく北辰一刀流の千葉周作の門人です。日本橋の玄武館の門人といえば、坂本龍馬、清河八郎、新選組の藤堂平助、伊東甲子太郎、服部武雄、吉村貫一郎などの幕末維新を代表するような志士たちです。志を持った者同士、同じ千葉周作の弟子、玄武館道場の門下生として、ともに学びあい、助け合った仲だったのかもしれません。

 山岡鉄舟は、明治16年、幕末維新の国事に殉じた人々の菩提を弔うために、東京都台東区谷中に全生庵を建立しました。谷中といえば、15代将軍徳川慶喜のお墓がある谷中霊園が有名です。著名人のお墓が多いたいへん大きな霊園なのですが、慶喜公が眠るこの地に、幕末の志士たちの御霊を弔うお寺を建立した鉄舟という人物の懐の深さ、心根の奥深さを感じずにはいられません。

 これからの時期に訪れたい山岡鉄舟ゆかりの地、おすすめスポットは、谷中霊園、全生庵、寛永寺、上野の彰義隊慰霊碑(山岡鉄舟書)です。ぜひ、訪れてみてください。

 桜の季節に、亡くなった方の想い、命の尊さを、いまいちど考えてみたいと思います。

合掌

 

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