山岡鉄舟は、江戸城無血開城の立役者で、西郷隆盛と勝海舟の会談を実現させ、江戸を戦火から救った幕臣です。
剣・禅・書の達人として、明治維新後の多くの人材に影響を与えました。明治天皇の教育係として十年間仕え、日本の精神教育や文化に多大な影響を与えたといわれています。
歴史の表舞台に、山岡鉄舟の名前はあまり登場しません。幕末から明治維新にかけて、日本の歴史の大きな転換期になし得た偉業に比べて知名度が低いのは、鉄舟があまりにも無欲の人であったからなのでしょう。「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と、西郷隆盛を賞賛させたことからも山岡鉄舟という人物の大きさを推し量ることができます。
鉄舟は、53歳で胃癌で亡くなるまで坐禅を続けました。新撰組の前進である浪士組の取締役であった頃から、常に自分の死や同志の死と向き合いながら生きてきたのでしょう。晩年は、維新で命を落としたたくさんの人々を供養するためのお寺を建立し、多くの廃寺を再興させてきました。言葉にすると簡単ですが、一代では成し得ないような大仕事をいくつも成し遂げてきたのです。
「山岡鉄舟とその時代」は、そのような人物を生み出した時代ー山岡鉄舟という人物を生み出す母体となった時代背景を考察しながら、人の生き方、人生についてじっくり考える機会を作るという目的で開設しました。今の時代を生きる私たちに、大きな恵みを与えてくれることでしょう。
鉄舟が生きた時代に思いを馳せながら、私たちの時代を生き抜きましょう。
合掌

ユキ
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