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江(高野山にある江のお墓について)

投稿者:タケ海舟 投稿時間:2011年09月08日08時43分58秒 | コメントなし | トラックバックなし

ブログの4月16日投稿に記事について、高野山にある江のお墓の事について、ある方からコメントを頂きましたhappy01

タケ海舟の始めたブログで実に2人目のコメント投稿者であり、しかも、今年に入って初めてのコメントを頂いたので、嬉しくて少々、舞い上がっていますhappy02

ブログは更新を続ける事。次に、訪問者を増やす事。そして、コメントを貰える様な内容にする事sign03

昨年からこのサイトを始めて、上記の3点を心がけてやっていましたconfident

今年に入って、最初の2つはほぼ、軌道に乗ってきたのかなと思ってますが、最後のコメントを頻繁に頂くという目標については、まだまだ達成には程遠い状態ですgawk

しかし、頂いた以上はご返信をしなければと思っているのですが、コメント返信機能がよくわからず、使いこなせないので、このページに投稿という形でご返信させて頂きますgood(ご容赦願います)

 

前にも書いたと思いますが、歴史上の人物のお墓は、ひとつではなく、複数あるみたいですhappy01

タケ海舟はあまり詳しくはないのですが、お墓には埋葬者のお骨が納められている本来のお墓とは別に、供養塔という物もあるみたいですthink

時代を過ぎると、本当のお墓のあったお寺が、火災で焼失したり、立ち退き工事等で他に移ったりしてお墓の場所を特定出来なくなって、供養塔だけが残っているという事も少なくないみたいですnew

ところで、高野山には前述の歴史上人物のお墓ばかりではなく、会社や企業法人の従業員や社員の供養を目的とした塔が実にたくさん建立されていますnew

実際にタケ海舟も、高野山の奥之院に足を運んだのですが、大手企業や個人会社等の供養塔の多さに、目を見張りましたcoldsweats02

仕事に従事中の事故での殉職や、戦争に召集されて戦地に赴いて戦死した社員や従業員そして、その家族の為に建立された物であるという説明を現地ガイドがしていましたgood

問題の江のお墓ですが、徳川将軍家の菩提寺である増上寺に正式なお墓がありますsign01

(ちなみに、ご主人の秀忠も同じ場所に葬られていますgood

そして、高野山にある江の墓は、正しくは供養塔であると思われますok

周知の通り、高野山は弘法大師空海が建立した真言宗総本山ですが、歴史が進むに連れて、時の権力者の厚い信仰と庇護を受けるようになりましたhappy01

戦国時代でも、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・上杉謙信・武田信玄・明智光秀・石田三成等、多くの武将達の供養塔が置かれていますscissors

彼らの進行する宗派は必ずしも真言宗ではなかった筈ですが、『全ての人間は死を迎えたら平等である』という宗旨宗派を問わない仏教的な観念が、当時からあったと思われますnew(前世での敵味方は関係ないという事ですね・・・)

江のお墓は、墓碑の中でも最も大きく、一番石とも呼ばれていますhappy01

ちなみに、二番石は広島浅野家・三番石は加賀前田家でありますnew

浅野家には、江の最初の子供完子の孫娘が正室・継室として浅野綱晟に嫁いでおり、彼女達を通して江の血が浅野家に入っていたのですねsign03(綱晟は家康の三女振姫の息子光晟の嫡男)

また、前田家には江と秀忠の次女珠姫が前田利光(後利常)に嫁いでいましたscissors珠姫は利光嫡男の光高を生んでいますので、江の血筋の入った家が高野山の墓石のトップ3を独占していた訳でありますdiamond

お墓を通して歴史上の人物を足跡を眺めてみるのも、新しい発見に出会えるきっかけに繋がるかもしれませんねsoon

 

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