先日のネット記事に、京都大徳寺所蔵の織田信長像に、細工がされていた事が判明したという載っていました![]()
当初は、派手な着物を着た信長が描かれていたのですが、何らかの事情で、地味に描き直されたみたいですね![]()
京都国立博物館によると、信長の後に天下人となった豊臣秀吉によって、書き直させられた可能性も考えられるとの事でした![]()
現存していない安土城の障壁画や洛中洛外図(国宝)を描いた事でも知られている、狩野永徳の作品と伝えられていますが、仮に、秀吉が描き直しを命じたとしたら、何故、そのような必要性があったのでしょうか![]()
元主君であった信長の絵を描き直させる、しかも、元絵を覆い隠すような細工をしたのか![]()
元絵は、大変華美な衣装を身にまとった信長が描かれていました![]()
秀吉も、絢爛豪華な黄金の茶室や聚楽第を造営した派手好みで有名でしたが、派手さにかけては、自分が1番だといいたかったのでしょうか![]()
いずれにしても、主君の絵の塗りつぶすような描き直しを命じた事については、秀吉の信長に対する、不遜極まりない態度を感じてしまいます
(もちろん、他の理由があるのかもしれませんが
)
少々慢心の気持ちが秀吉にあったのかもしれませんね![]()
信長像細工の背景については、今後いろいろな学説が出てくると考えられます![]()
先人達の足跡というべき歴史は、止まっているのではなく、現在もなお、生き続けているのですね![]()
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20110606-OYT1T00700.htm
タケ海舟
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