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慶勝さんの憂鬱(その8)

投稿者:タケ海舟 投稿時間:2011年06月01日11時12分48秒 | コメントなし | トラックバックなし

高須松平家と水戸徳川家の繋がりは、さらに深く親密にsign03

さて、高須藩松平家の殿様になった、松平義和(よしなり)さんですが、文化・文政の時代を大過なく生き、治世28年目の天保3年(1832)に亡くなりましたdespair (享年57歳)

義和さんは、高須家に入嗣した時に、水戸部屋住時代に儲けた子供のうち、長男と二男は高須家に連れて行きましたsmile三男は紆余曲折の末に、会津松平家の子供になっていました(後の松平容敬さんですconfident

部屋住みの身分で、子供だけはたくさん儲けたものだと感心しますが、実は文化元年(1804)10月、高須家相続の直前にも四男が生まれていましたsmile(後に他の大名家に養子になりました)

お話が横道に逸れましたが、長男の義質(よしただ?)さんは、お父さんに先立って亡くなっていましたので、次子の義建(よしたつ)さんが嫡子となっていましたconfident天保3年に、義和さんの後を継いで高須藩10代藩主の座に就きましたwink

藩主としての義建さんは、際立った業績を残しませんでしたが、父親としては、なかなか優秀だったみたいですhappy01

彼はたくさんの男の子に恵まれましたが、その多くが、幕末期の政局において、重要な役割を果たしていましたsign01

本編の主人公である慶勝さんは、この義建さんの嫡男でしたhappy01

慶勝さんは、文政7年(1824)に江戸高須藩邸で生まれましたhappy01実は、慶勝さんには4歳年上のお兄さんがいたのですが、生まれてすぐに死亡した為、次男の幼名秀之助(ひでのすけ)こと慶勝さんが嫡子として、幕府に届けられる事になりましたdelicious

慶勝さんのお母さんは、義建さんの正室で、水戸徳川家7代藩主治紀(はるとし)さんの娘でしたdanger

ちなみに、このお母さんの兄弟が、水戸家8代藩主斉脩(なりのぶ)と、有名な烈侯こと9代藩主斉昭さんに当たりますimpact

平たく言えば、祖父である義和さんが、もともと水戸家出身でもあり、父の義建さんと慶勝さん生母は、従兄妹同士という事になりますnew水戸徳川家の血筋が更に色濃く引き継がれる事になりましたdanger

そして、慶勝さんと斉昭さんは、密接な繋がりを持った伯父甥という関係になりますsign03

ところで・・・

後に、幕末動乱期に活躍する高須4兄弟(慶勝さん、徳川茂徳さん、松平容保さん、松平定敬さん)ですが、実は4人とも母親が違うんですsign01shock

さらに、意外と知られていない事実を、1つご紹介したいと思いますgood

慶勝さんと茂徳さんの間には、慶勝さんと同じ正室出生の成人した男子がいましたnew

タケ海舟は、本来ならば、この男子を含めて、高須5兄弟と呼んだ方がいいのではないかと考えていますthink

慶勝さんと同じ母親を持つ、弟という事もありますので、次回はこの人物のお話をさせて頂きますsoon

 

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