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慶勝さんの憂鬱(その11)

投稿者:タケ海舟 投稿時間:2011年06月10日18時00分58秒 | コメントなし | トラックバックなし

武成さんの藩政改革

天保13年(1842)、松平武成さんは、石見国浜田藩主松平武揚さんの急養子として、同藩を相続する事になりましたshine

当時、浜田藩の台所事情は、非常に苦しかったようで、武成さんは襲封早々、立て直しに苦慮しなければなりませんでしたcoldsweats01

藩主就任翌年の天保14年(1843)、藩財政再建の為、倹約令を発布しましたnew

江戸時代は、米を経済の中心においた農本主義でしたhappy01米の増産とともに、庶民の生活は豊かになり、大量消費社会を迎える事になりましたsign01同時に、農村から都市部(江戸や大坂)に経済の中心が移りましたok

人々は贅沢な生活を謳歌し、結果として元禄バブルを迎える事になりますimpact

高度経済成長期の元禄時代を境に、経済の担い手は、米を生産する農民やそれを監督・支配する武士から、米の流通で、莫大な利益を収める商人に変わっていきましたsign03

当時の米は、農民から年貢として、幕府や諸藩が徴収していましたdanger取り立てた米を幕臣や藩士に支給するのですが、彼らは、その米を全て、食するわけではなく、米を日常生活に必要な、金銀と交換していたのですねup

しかし、物価が高騰して、米よりお金の価値が高くなります。いくら豊作が続いても、お米の換金率は低いため、幕府や藩の財政や武士や農民の生活はどんどん、苦しくなっていったのですねdespair

いわゆる、豊作貧乏という事なのですが、元禄以降の幕府は、米を中心とした幕藩体制を立て直すため、改革を行いますsign03これが、江戸三大改革と呼ばれている

①享保の改革(8代将軍吉宗さん)

②寛政の改革(老中兼将軍後見職 松平定信さん)

③天保の改革(老中水野忠邦さん)

といわれている一連の施策ですwink

それぞれの改革の特色はあるのですが、まず、本格的な改革を行う前の地馴らしみたいな物が、倹約令でしたsign01

将軍や藩主はもちろん、それぞれに仕える武士や領民たちも対象に、上からの経費削減を命じますsign03

まずは、これから改革を行うぞsign01という意思表示みたいなものですねcoldsweats01

その次は、藩支出を減らすための方策第2弾として、藩士への俸禄米(今でいう給料delicious)を半分カット等が行われますconfident

現在のリストラと同じなのですが、まず、余分な支出を極力減らそうという政策に重点が置かれ、倹約令はその序章というべきかもしれませんねcoldsweats02

浜田藩主になった武成さんも、藩政改革の先例に倣い、藩内に倹約を呼び掛けたのだと思われますhappy01

それでは、藩政改革の次の手段とはsign02

その話は次回とさせて頂きますsoon

 

 

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