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龍馬暗殺犯と黒幕について(その2)

投稿者:タケ海舟 投稿時間:2011年03月02日11時44分32秒 | コメントなし | トラックバックなし

さて、龍馬暗殺の真相についてdanger

「龍馬史」の著者 磯田道史氏は、龍馬暗殺に謎は無しsign01

と断言されていますrock

彼ほどの大物が殺害されたのだから、背後に余程の黒幕が存在しているに違いないsign01

龍馬ファンはもちろん、多くの歴史愛好家はそう考えたくなるでしょうdespair

しかし、明治維新を経て、今日まで、龍馬暗殺について、様々な証言が残され、実行犯については、京都見廻組である事が確実視されていますnew

磯田先生は、オーソドックスに考えて、黒幕は見廻組を監督していた、京都守護職の会津藩であると結論付けていますcoldsweats02

実は、意外と知られていないのですが(少なくともタケ海舟は・・・)

見廻組頭の佐々木只三郎は、直参旗本なのですが、実は、会津藩士佐々木源八の三男でしたsign01

(付け加えますと、同じ会津藩支配の新撰組は、下級武士、若しくは武士階級でなかった者達が構成メンバー。これに対して、見廻組は、直参旗本が中心。両組織はともに京都の治安維持と不逞浪士達の摘発が任務でしたが、互いにライバル意識むき出しで、関係はよくありませんでしたdespair

つまり、佐々木はもともと会津松平肥後守家中だったわけです。(松平肥後守とは京都守護職松平容保さん。この方は、尾張藩主徳川慶勝さんの異母弟ですdelicious)

戊辰戦争で官軍に降伏して後、赦免された見廻組隊士で、龍馬暗殺を証言した実行犯2名が、「暗殺指令は会津藩から見廻組に下された」と一致した話を残していますup

この命令系統については実に自然であり、疑問の余地はないと考えてますcoldsweats01(直属の上司から命令が来るのと同じ様なものですからねgood)

そして、この命令系統の中で、ある重要な人物が浮かび上がって来ますsign03

先程来、佐々木只三郎さんは、会津藩出身であるとお話しましたが、彼の兄で京都会津藩の公用人という重職に就いていた人物で、手代木勝任(てしろぎかつとう)という人物がいましたdanger

この手代木さんが明治37年(1904)に亡くなった時、家族に龍馬暗殺について驚くべき真相を言い残しましたsign03

このお話については次回にいたしますsoon

 

 

 

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