ここで、突然の報告ですが
この度、ブログ名とハンドルネームを変更いたしました。
6月からこのブログを始めましたが、タイトルを一見して何のテーマでブログをやっているのかわからない
という
ご指摘を親しい方から頂きました。
そこで、いろいろと考えてみた結果がこのタイトルです
「末期徳川政権を支えた重鎮たちの幕末維新史~氷川の大法螺吹き奇譚~」
大河ドラマ龍馬伝の影響もあって、幕末維新物を扱った本が沢山出ています。私も最近は週末に地元の図書館に行って幕末関係の本を探しては、このブログの題材についていろいろと勉強しております。
その過程で気づいたのですが、幕末維新は従来、江戸幕府(すなわち徳川政権)を倒した西南雄藩(いわゆる薩摩、長州藩)を主役とした物が主流を占めていましたが、最近は倒された側。つまり、幕府側に位置していた人物をテーマにした物も多くなりました。一般に「勝てば官軍。負ければ賊軍。」で最終的に体制側として不動の立場を占めた側が自分たちに都合の良い歴史を後の世に残すというのが、現在私たちが学んだ歴史であり、敗者(この場合は徳川に味方した人たち)については、必要以上に歪曲され、正当な評価をされなかったのが現実でした![]()
すでに申し上げましたが、私のブログテーマはその敗者に該当する幕末徳川政権を担った人々の事績について考える事です。したがって、このタイトルの方がブログを見てくださる皆さんにもわかりやすいのではと考えています![]()
また、副題ですが幕末維新において、江戸総攻撃という最悪、天下大乱という国体が崩壊しかねないギリギリの状況の中、良く、日本の危機を救った幕臣勝海舟をモデルにしました。明治維新後、勝は明治政府に勤務していた一時期を除いて、後の生涯の大半を東京の氷川(ひかわ)で過ごしました。そこで、有名な「氷川清話」を始め、幕末維新の回顧録を多く書き残しています。明治政府に対して、徳川慶喜の赦免を働きかける運動や維新により生活に困窮した旧幕臣たちの援助に力を尽くす傍ら、在野の論客として活躍していました。しかしながら、勝のある意味大風呂敷的な論調を理解できない多くのジャーナリストたちからは、「氷川の大法螺吹き」となじられていました![]()
そこで、この偉大な氷川の先達を目標に、思う存分、このブログで法螺を吹いてみようかなと?と思い、副題といたしました。そうなるとやはり、ハンドルネームもタケ海舟にしないといけませんね![]()
以上の様な理由で、変更を行いました![]()
加えて、内容についても、政治史ばかりではなく、タケ海舟がお菓子に係る会社に勤務しておりますので、例えばあの幕末の大物は、どんなお菓子が好きだった等というこぼれ話的な事も、できるだけご紹介させて頂きたいと思います。
それではよろしくお願います![]()
タケ海舟
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