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幕末ポータルサイト「幕末」

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自分なりの洗い出しをしてみる。

投稿者:壱 投稿時間:2010年07月11日20時53分51秒 | コメントなし | トラックバックなし

してみる――って言ってもまだ途中なんですが/(^^)

まずは全藩の確認と佐・倒幕派で色分けして、その際の藩主とその家紋を調べる。
――で、史料を頼りに可能な限り新撰組や遊撃隊のような組織を書き出していました。
ネット等で調べたり、図書見てみたりですね。

やっぱり自分で洗い出すと、かなり頭に入ってくるものですね=3

ただもっと色々調べたい事なんかが出てきてまして、
一体どこをどう調べたらいいものやら悶々しています。

前回書いた築造兵も調べたい事の一つです。
それと出来れば当時の軍服だとかも見てみたい。
士官の身につけるものや色の判別なんかは大体把握できたんですが、
やっぱり生で見てみたいよねぇーって思うのですshine

元々軍事方面が好きなので、幕末も人物4割:軍事的な何か6割で興味が向いています。
人物については、たくさんの方が語ったり調べたりしてくださっているので、
その努力をウハウハしながら享受しておる壱でござります。

今日も本屋でウハウハしながら
「零戦~heart04」とか「隼~heart04」とか「大和、長門、武蔵~heart04」「祥鶴、瑞鶴~heart04
――なんてしてました。
……嘘です、あと「秋山兄弟~shine」とかもしてました。←

自分の好きな歴史を思う存分楽しむ事が出来るって幸せですよねpigheart04


ところで上手な文献の調べ方ってないものでしょうか。(切実)

幕府軍の築造兵について。

投稿者:壱 投稿時間:2010年07月08日23時14分35秒 | コメントなし | トラックバックなし

割と本気で築造隊の史料を求めています。
うぅーん、江戸の鳶や佐官、土方なんかを集めたっていう文章を見たんですが、実際の服装等も併せて知りたい。
どこかにいい史料おちてないかなっ

――というわけで、現在の興味はもっぱら陸軍や海軍の諸隊だったりします。


そういえば幕末とは関係ないんですが、今日新宿の紀伊国屋に行ったらWWⅡの赤紙だとかポスターなんかをクリアファイルに挟んだものが売ってまして、思わず「欲しい」と思いました。(いえ、買ってないんですが) 幕末だけでなくWWⅡも好きなのでついつい。(`・ω・´)

歴史を調べる

投稿者:壱 投稿時間:2010年07月07日10時30分15秒 | コメントなし | トラックバックなし
とりあえず函館の図書館に行って郷土史料漁りたいです。←
ここ2~3日、ずっとそんな事ばっかり考えていたら、
ブログ書く時間がなくなってました。orz

私は元々小さな頃に父親の影響で戦国時代、特に上杉家が好きでして、もちろん小説なんかもたくさん読んでいる方だとは思います。
でも歴史の何が興味をそそるかというと、個人的には事実を可能な限り知っている事だと思うのです。「あ、そうそう。この時こうだったんだよね」と思いながら小説を読むと、面白さが倍増する気がします。

史料というのはある意味、当時の出来事一覧であって、それを作家が自分なりに人物像を解釈して自由に肉付けしたものが小説だと考えています。
だから「あ、この作家さんのこの人物、大好きだ......!」とか思うわけです。

――と考えると、私はまだまだ幕末に対する見識もはっきりしていないし、
そもそも知識もまだまだ。

もっと色んなものを見聞きしたいなぁ、と思う今日この頃ですpig

慶応4年5月15日(1868年7月4日)上野戦争

投稿者:壱 投稿時間:2010年07月04日19時32分07秒 | コメントなし | トラックバックなし

彰義隊の墓今日は友人Bのお付き合いで秋葉原へ行ってきました=3 
あ、もちろんですがヲタク友達です。
友人A、Bの二人とは結構長い付き合いでなんというか友達というより家族的な感じでしょうか。
私含め三人でレッツアキ~バ★
同じテーマで話しているのだけど、自分の好き勝手に話しているので、はたから見ると会話が成り立ってない状態でも、本人達は好きな事をしゃべれてスッキリshineみたいな、そんな関係(笑)

大体秋葉原~上野を徒歩で移動するんですが、
今日は秋葉原→御徒町のジョナサン→秋葉原という感じで。
16時前後に早々解散しまして、私的には「折角アキバまで来たんだから!」と友人Aを誘って上野公園へ赴く事に!。
上野公園というと西郷さん――ではなく、
そのほんとすぐ近くに彰義隊の墓があります。←これが目的
当時、豪雨でした。(^^;)

大丈夫。
豪雨での徒歩は関ヶ原で慣れてる。←
※私と友人Aは関ヶ原で西軍主要陣跡を巡った際、とんでもない豪雨に晒されながら6時間歩き通したという(...)

それにしても雨の降っている時に撮る写真って不思議。


大義を彰(あきら)かにする ―― 彰義隊


江戸幕府の15代将軍徳川慶喜は一橋家の出。
彼が大政奉還をした後、「徳川家って処分した方がいくない?」という輩が出てきまして、
旧幕臣や一橋家縁の人が、助命を求める為の同盟を結成したんですね。
この同盟が後の彰義隊と呼ばれる大元になります。基本的には慶喜の警護等を目的としています。

そうこうしながら、新政府軍の西郷さんと旧幕府軍の勝さんが会談して、
耳に聴く江戸城無血開城、そして慶喜は水戸へ謹慎となります。

さてその報を受けて、彰義隊では頭取の渋沢成一郎は「彰義隊も水戸へ」と提案したのですが、
副頭取の天野八郎が「いや、江戸で」と意見が対立。
最終的に渋沢成一郎は同志にて「振武軍」を設立し、彰義隊を離れます。

その後、彰義隊と新政府軍による武力衝突が勃発。
――これがかの有名な上野戦争です。(上野戦争は戊辰戦争のひとつ)

wikpedia先生よると、慶応4年5月15日――西暦だと1868年7月4日とのことで。
まさかの今日です。
正直、彰義隊のお墓に今日行ったのは本当に偶然でした。
しかも戦闘は雨天の中行われた――私が到着した際にも雨が。

なんていう偶然。
偶然すぎて、自分でも驚きました。

ちょっとした疑問。

投稿者:壱 投稿時間:2010年07月03日08時31分11秒 | コメントなし | トラックバックなし
本山と伊庭-テブロ2手ぶろ絵は縮小しても大きいというね。(......)

圧倒的に史料がないというのが理由だとは思うんですが、例えばWWⅡでは自分から志願したくせに脱走した挙げ句、砂浜で遊んでいた所を捕まって独房(のような小さな洞窟)に押し込められちゃったー(実話)とか、そういう笑えちゃう話って多々聴くんですが、幕末にはそういう感じのってないんですかね。
男の子ならではの話みたいな感じの。
うーん、そんな史料あったら一度見てみたい。

友人のおじいさまがWWⅡで戦役に出ていらっしゃるのですが、面白いお話が聞けそうなので「是非会わせて!話聞かせて!」と頼みまくって、良いお返事が貰えそうな所です。言い方は悪いんですが戦争の生き証人ですから、ご存命中に聞ける話は聞きたいのです、はい。

タイムスクープハンターのように次元を移動できたらいいのに――!!!(本気)











どこかに幕末イベント、落ちてないかな。←

投稿者:壱 投稿時間:2010年07月02日09時10分10秒 | コメントなし | トラックバックなし

本山と伊庭-テブロ←あ、なんか大きい。

手ブロでごそごそ書いていた二人です。
描いていて気づいたんですが、伊庭は背が高くはないんだよね?――と。
次の絵から身長差つけてみよう。

それにしても手ぶろ、やっぱり私にはちょい難しい~ヒィヒィ
普段の落書きから見ておわかり頂けると思うんですが、厚塗り派ではないんですよ。色をぼぼぼっと置いて加工していく派。――だので、手ぶろじゃ私は色が塗れないっていう。←

手ぶろの話は脇においといて。

戦国カフェならぬ幕末カフェ的な、そういう場所ってないのかな~って真剣に思っていたりします。いや、あったら行きたいっていうね?(ね? じゃない) 幕末に限らず戦国でも何かイベントないかな~。そろそろそういうのに飢えてきたーっ。
これからだと――10月の関ケ原合戦絵巻2010とか? ......参加要項見てるだけで燃えてきた←単純
関ヶ原は戦国時代ですが、幕末関連のイベント情報(例えば五稜郭祭とか)なんかも、幕末.jpさんで取り扱ってくれるとユーザー的には助かるなぁ~......なんて。(〃´・ω・`)ゞエヘ


同じ幕末.jpさんでブログを書いていらっしゃる北総新選組さんのせんげん誠まつりが中止になったのは流山出身の身としては残念すぎましたが、ライトアップはされる――のかな? 時間の都合さえ合えば、実家に帰省するという名目で行きたいな~と考えていたりも。ただ土曜は仕事なんだよね。(22時まで。涙) 何か幕末とか歴史に触れていたい時に限ってリアル(仕事)が。(`□´) そうやって時間の都合がつかない事ってままあるかなと考えながら、成功を祈っています。^^

今日は雑記でおわり。
癒されたいので、ひこにゃん公式サイトでも見てきます=3

陣羽織

投稿者:壱 投稿時間:2010年07月01日13時36分25秒 | コメントなし | トラックバックなし
いつの時代でもそうなんですが、兵装が好きです。
格好いいですよね=3
陣羽織とか一着欲しい。←一体いつどこで着るというのか。
脚絆や手甲とか篭手も好きです。

伊庭と本山 陣羽織そんな訳で陣羽織。
陣羽織って戦国時代のものも大好きです。上杉の陣羽織とかすっっごく格好いい......!
なんであんなに格好いいんだろうか。(真剣) 日本の服飾文化、すごい。後世から見ても映えるのってすごいと思う。

陣羽織
戦国時代より、戦場において武将達が鎧の上にコートのように着用したのが始まり。
防寒具の役割を始め、兜ほどではないにしろ、「我、ここに在り!」と存在をアピールしたり、また当時の死生観に絡んで死を誇り高く見せるという演出もあったとか。その為、どんどん生地や見栄えが派手になっていったとか。

戦国時代の死生観というのは、見てみると今の時代とは違い「自分の死に様によって、自分の家の今後に関わってくる」という部分も大いにあったせいか、「いかにして死ぬか」は戦場に出る武将達にとって、とても大切な事であったと、私は考えています。
――己の信じるものの為に幕末の志士達がどういった死生観を持っていたかは、まだ勉強不足ですが、それでも真っ正面から戦い抜いた彼らの軌跡を辿りたいなぁって思っています。


そうなんです、実はも何も幕末ビギナーなので、まだまだ知らないことや勉強不足な所がいっぱい。
誰か教えて――!
幕末ビギナーの会とかあればいいのに。(笑)
幕末ビギナーオフとか。←自分がビギナーだからって。


以下は余談です。

WWⅡですと、やっぱりナチスドイツの軍服がえっらい格好いいと思います。
コレクターがいるの、理解できる=3
いつかドレスデンにあるという軍事資料館(だった、かな/ウロ)に行きたいです。
スウェーデンのオーバーコートも好き。


――って、あああああぁ!
今日から7月でしたね! なんかこう、うっかりしてました!!


蒸餅

投稿者:壱 投稿時間:2010年06月30日10時17分51秒 | コメントなし | トラックバックなし
幕末には「蒸餅」と呼ばれるパンのようなものが存在していた――との事で。
材料に小麦粉と甘酒を使用していた――と。
確か平安時代にはヨーグルトのような乳製品があったんでしたっけ?(ウロ
この蒸餅、作れないかな。←ちょっと本気

志士達の常備食であり、冷めても柔らかく、ほんのり甘酒の香りだとかしたら
当時からしたら結構好きな人は多かったんじゃないかなと妄想妄想!

伊庭と本山と蒸餅本山はお酒好きそうなので、ついついこんな絵に。

でも幕末の写真とか見ていると、欧米文化がそこここに進出しているのが伺えますよね。

新しいもの好き日本人。
BGM:まさかのAPH祖国様


そして舌の根も乾かぬ内にツイッター再登録してみました。(右柱)
フォロー等お気軽にどうぞ~^^


以下は妄想(...)

蒸餅の続きを読む

ツイッターとかなんとか。

投稿者:壱 投稿時間:2010年06月29日22時00分34秒 | コメントなし | トラックバックなし

6/26の記事ですが――
「幕末:米写真家の作品発見...巨大カメラ最古級」

http://mainichi.jp/select/today/news/20100626k0000m040109000c.html

これは幕末スキーさんにとって「キタコレ!」なニュースではないでしょうか!
見かけた時、「見たい!」と素で思いました。

つい先程、今まで使っていたツイッターのアカウントを削除してみました。
そのうち、またアカウント作ろうかなとは考えてます。
その際はブログでもお知らせすると思いますので、
フォロー等お気軽にしてやってくださーいaries



伊庭と本山2←三度、伊庭さん&本山さん。
この二人がマイブームのようで、どうにも止まりません。もうしばらくはこのお二方についてつらつらすると思います=3

歴史物にはまる時って、誰かしらの人物に興味を持って――というのが割と一般的だと思うのですが、久々にそんな感じで伊庭さんと本山さんに興味津々であります。(`・ω・́)ゝ

友情とか絆とか、そういうのに心が強く惹かれます。
いいよね! いいよねー!!(絶叫




――って書くと、まるで自分、友達いないみたいじゃないか。←
そ、そんな事ないよ?
いくら人付き合いが好きじゃないからって友達くらい――!
二次元が友達です。(ヲタクめっ)

ツイッターとかなんとか。の続きを読む

さらば、親しき友。

投稿者:壱 投稿時間:2010年06月28日02時12分18秒 | コメントなし | トラックバックなし
先日、隻腕の美剣士こと伊庭八郎さんの事を記事にしましたが、
本日はその親友・本山小太郎さんについて。

ぐつぐつと考えていたら「萌えっ」としたので......!
もう萌えとか言ってる時点でヲタク丸出しって感じですね。←自覚はある

本山小太郎と伊庭さん左:伊庭さん
右:本山さん

本山小太郎さん
????-1869

江戸幕府幕臣で評定所書物方。
伊庭さんの親友。
「気宇磊落」では「戦場にあっても談笑している」ような人物だったと書かれています。

お仕事柄から見ても、決して武官ではなかっただろう彼は、「親友だから」というだけで遊撃隊に参加、伊庭さんが怪我を負った際にも昼夜問わず看病をしたという。
明治2年4月17日、官軍との戦いの最中、折戸台場にて敵の銃弾が胸に辺り「俺は死ぬ」と一言告げて倒れたそうです。


伊庭さんの短歌が有名ですね。(辞世の句とも言われています)
「まてよ君 冥土も共にと 思ひしに 志はしをくるる 身こそ悲しき」


個人的に戦禍の中の情だとか絆というのに非常に弱くってですね。
八郎と小太郎の友愛にぐっときました。

けれど彼らは戦い、傷つき、転戦を重ねても、
信じる未来があったからこそ、強く在ったのだろうな、と。

もう少し本山小太郎の史料があったら良かったなぁ。

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