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吉田東洋暗殺!?

投稿者:幕末野郎 投稿時間:2010年03月22日14時42分28秒 | コメントなし | トラックバックなし
えー、またも「龍馬伝」 見逃しましたぁ。

いや録画はしてたんだけど、見る暇ないんですよね。ブログ更新は片手間にできるけど、大河チェックはなかなか。
今回は、武市半平太(瑞山)が次第に、攘夷強行派になって、「テロも辞さず!」な方向性に踏み出すわけですが、当時の下級武士の感覚でいえば、これはむしろ当然だったはずです。


むしろ「フクヤマ龍馬」の方が異常、というか、脚色が「結果論から」できているので、見ていてしょっちゅう突っこみを入れたくなりますネ。龍馬は、半平太の思想をずっと支持していたはず。吉田東洋暗殺も、武市だけが吉田をうらんでいたのではなく、下級武士層全体の共通の敵として、藩改革の旗手でありながら、佐幕開国思想をもつ吉田が標的になった、と考えるべきです。


つまり、尊皇攘夷という「原理主義」に走っていく若者たちのまっただ中に武市も、龍馬もいたということで。
ドラマだから、吉田東洋が憎にくしげに描かれていましたが、こんなに悪くしなくても、という感じがしますね。キャスティング時点で「田中って、あの『たそがれ清兵衛』の斬られ役だった方でしょ」って思ったけど、吉田東洋って暗殺された時、46歳ですぜ(ミンさんは御年65!!)。 吉田東洋は、薩摩の調所笑左衛門
廣郷みたいなもんで実像をゆがめられた「改革者」だったんだと思いますね。そういう卓見は、大河に求めるのは無理か。(でも、前々の「篤姫」じゃ、平幹二朗調所でけっこう「訳識り者」風に描かれて、Goodでしたが。単純な権力者ではなく、自分の信条と守るべきものを持っていて行動している!)

東洋を斬った3人、
那須信吾、大石団蔵、安岡嘉助も龍馬同様、未来ある青年だったはずなのですが、チョイ役なのでほとんど出番なしか。那須、安岡は暗殺後、長州の世話になり、大石は長州経由で薩摩にかくまわれることになったのです。結局、那須、安岡は天誅組の反乱に加わって死に、大石は薩摩藩英国留学生に選ばれ、高見弥一(弥市)と名を代えて明治まで生き延びました。龍馬や半平太、岡田以蔵ほど人気はないし、知られてもいないけれど、なかなか数奇な運命じゃないか、と思いますね。

龍馬と那須は非常に近しかったといいいますし、龍馬の脱藩に那須が手を貸しています。龍馬脱藩も「尊皇義挙(薩摩藩主導による)」に参加しようとの意図であったといわれていますから。


 

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