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March 2010

吉田東洋暗殺!?

えー、またも「龍馬伝」 見逃しましたぁ。

いや録画はしてたんだけど、見る暇ないんですよね。ブログ更新は片手間にできるけど、大河チェックはなかなか。
今回は、武市半平太(瑞山)が次第に、攘夷強行派になって、「テロも辞さず!」な方向性に踏み出すわけですが、当時の下級武士の感覚でいえば、これはむしろ当然だったはずです。


むしろ「フクヤマ龍馬」の方が異常、というか、脚色が「結果論から」できているので、見ていてしょっちゅう突っこみを入れたくなりますネ。龍馬は、半平太の思想をずっと支持していたはず。吉田東洋暗殺も、武市だけが吉田をうらんでいたのではなく、下級武士層全体の共通の敵として、藩改革の旗手でありながら、佐幕開国思想をもつ吉田が標的になった、と考えるべきです。


つまり、尊皇攘夷という「原理主義」に走っていく若者たちのまっただ中に武市も、龍馬もいたということで。
ドラマだから、吉田東洋が憎にくしげに描かれていましたが、こんなに悪くしなくても、という感じがしますね。キャスティング時点で「田中って、あの『たそがれ清兵衛』の斬られ役だった方でしょ」って思ったけど、吉田東洋って暗殺された時、46歳ですぜ(ミンさんは御年65!!)。 吉田東洋は、薩摩の調所笑左衛門
廣郷みたいなもんで実像をゆがめられた「改革者」だったんだと思いますね。そういう卓見は、大河に求めるのは無理か。(でも、前々の「篤姫」じゃ、平幹二朗調所でけっこう「訳識り者」風に描かれて、Goodでしたが。単純な権力者ではなく、自分の信条と守るべきものを持っていて行動している!)

東洋を斬った3人、
那須信吾、大石団蔵、安岡嘉助も龍馬同様、未来ある青年だったはずなのですが、チョイ役なのでほとんど出番なしか。那須、安岡は暗殺後、長州の世話になり、大石は長州経由で薩摩にかくまわれることになったのです。結局、那須、安岡は天誅組の反乱に加わって死に、大石は薩摩藩英国留学生に選ばれ、高見弥一(弥市)と名を代えて明治まで生き延びました。龍馬や半平太、岡田以蔵ほど人気はないし、知られてもいないけれど、なかなか数奇な運命じゃないか、と思いますね。

龍馬と那須は非常に近しかったといいいますし、龍馬の脱藩に那須が手を貸しています。龍馬脱藩も「尊皇義挙(薩摩藩主導による)」に参加しようとの意図であったといわれていますから。


[ 2010年03月22日14時42分28秒 ]

龍馬伝のブログパーツ貼ってみた

 おりょうさんの話題を書こうか、と思っていたのですが、ふと目にした某政府系放送局の陰謀(?)にはまり、大河ドラマのブログパーツなるものを貼らせていただきました。>N●Kさんに感謝!

 なんだかんだといって、親方日の丸的なものに弱い庶民です。<自嘲気味

 タテに長くて見づらいかもしれませんが、その筆の勢いが"龍馬感"を出しています~。龍馬の魅力のひとつにあの手紙の言葉というのがあると思います。乙女姉やんにあてての手紙も多数残されており、有名な薩摩・霧島への新婚旅行の話や、勝海舟のことやら色々書き残していますね。イキイキとした手紙、その筆致が龍馬の人間性を伝えてくれます。これがあってこそ、龍馬が幕末のヒーローとして感情移入できるんじゃないでしょうか。

 人間は弱み、あるいは弱点や短所などあって、やはり親しみがわくものでしょう。人間くささというか。どこかで、ある研究者が「龍馬はシスターコンプレックスの気がある」としていましたが、そういう感じもしなくもないです。そこが面白い!

 大河では、乙女姉やんがいいですね。相当、体格のよい女性だったようですが、ま女優さんがやる以上、坂本のお仁王様にはなかなか見えないでしょうが、女傑という人物像を醸しだしているように思います。

 

[ 2010年03月18日15時43分54秒 ]

志士はもてた? 龍馬の女癖(2)

 大河ドラマで「飯盛女」って描かれたことが今まであったんでしょうか?
いろいろと自主規制に走る某公共放送では、こういうものを描くのには気を遣うんでしょうね。

なにせ元●Vアイドルを抜擢ですから!! 期待も高まったのですが、見逃してしまいました。うーん残念。

録画を後で借りて見てみたんですが、ま過激なシーンもなく、お茶の間で流れるのにはこれくらいがいいのか、と思いました。(確かに、子供と一緒に見られない中身では困りますしね)

さて、龍馬はモテたか、否か?

前にもふれたけれど「危険な匂い」「男気」という面では"五つ★"
なんでしょうけど、
「粋」「かっこよさ」とかでは、当時としては首をかしげたくなるのかもしれません。

某局のドラマ「JIN 仁」の内野聖陽の龍馬像は、けっこう良かったんじゃないでしょうか。
アレ、大河前にやられたんじゃ、福山クンも大変じゃないかな。

龍馬は女癖もけっこう「見境なし」の点も、福山「龍馬」には演じにくそうだ。
(ま、モテモテで描くから、問題ないのか)

ほれっぽくて、手が早い、のが本当の龍馬という気がするが(男だから、そう思うのかも)
でも、それこそ「英雄、色を好む」で、男とはそういうものなのです。フェミニストの龍馬は実像からは遠いでしょう。やっぱ。

 お龍は、龍馬の死後になっても、龍馬が維新前にどんな事をしていたのか、どんな実績があったのか、ほとんど何も知らなかったといいます。そんなところも、この2人の関係が純粋に、イロ(恋仲)という繋がりで「損得勘定」や「見栄」といったものとは異なる次元だったことを物語ります。

ま、お龍がどんな美人だったか、について、
佐々木高行(土佐藩士、のち工部卿)が、お龍のことを「有名なる美人なれども、賢婦人なるや否やは知らず。善悪ともに兼ぬるように思われたり」(大変な美人だが、賢婦と言えるかどうかは疑わしい。善にも悪にもなるような女)と評しているところをみれば、平たく言って「かわいいけれど、悪女?」ってことでしょう。


小悪魔系にはまってしまった、龍馬。いつの時代も男はこの手に弱いってことでしょうか。
>恋は盲目 



[ 2010年03月16日16時07分47秒 ]

志士はもてた? 龍馬の女癖(1)

 ご多聞にもれず、龍馬で書き出すのは気が引けるが、とりあえず2010年は龍馬イヤーだから、それに乗ってしまうのだrun
ryoma_oryo.jpgきっと、このポータル見にやってくる人は、大方龍馬には一家言くらいはあるだろうから、「龍馬暗殺の黒幕」とか「大河のココが気に入らない」とか、けっこう好きでしょ? そんでもって龍馬がどうしてこんなにも女にモテたのかも、すごく不思議じゃないですか。いや、そりゃ福山雅治heart04みたいなルックスだったら、もてるだろうけどさ。
 だってホントの龍馬はあの写真通りの顔だし、背は当時の平均より大きかったみたい(180弱とか、もっと大きいという説もあるが、ほかの人と写ってる写真を見ると、顔もデカイ!)だけど、そんなに2枚目じゃないし、土佐の下級武士(郷士)で、そんなに粋ではないし、金も持ってない(浪人だから、実家は金持ちだった)。あんましもてそうな要素ないんだけどなぁ。 
 でも当時、京都の宵街では「尊皇攘夷派の志士」がモテたらしい。幕府の役人より、「反抗(プロテスト)」「革命」を志す、危険な香りのする漢(おとこ)ってことで、カッコよかったのだ。平井かおは幼なじみだから別だろうけど、千葉さな、お元、お龍と、龍馬の男気にやられてしまったんだろうね。でも、さなさんは墓に「坂本龍馬室」と掘って、お龍さんの方が再婚して子も産んでいるってのが、面白いです。
 龍馬の女癖が分かるのは、やっぱりお龍に象徴される気もします。
以降は次回

[ 2010年03月11日16時11分42秒 ]

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