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史跡巡り

会津3日目

おはようございます。
ブログジャックも今日で終わりになります(笑)
文字化けとかしてるのなんでだろ‥帰ったら直します。

今朝は東山温泉からお送りします、なんだかんだでここらへん歩いたことなかったもので‥

午後の斎藤先生のために体力残しつつ、うろうろして来ます。

[ 2011年09月25日08時42分02秒 ]

会津小旅行2

なんだかんだしているうちに年を越してしまいました。あけましておめでとうございます。今年もいろいろなことをしたいな、なんて語る前に、鶴ヶ城レポを先に終わらせてしまおう。

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現在の鶴ヶ城は雪ですね!

とっても綺麗ですが、今回はこちらで……。たった一月でこんなにも姿が変わってしまうとは。先ほどカメラで見た限り、福島県はほとんど一面雪景色でございます。

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こうして見ると綺麗ですねー。青空に赤瓦がよく映えます。ちょっと工事中なのが残念ですが(笑)また三月、工事終了の時を楽しみに待ちましょう。

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新しく続いていた走り長屋の方。カメラNGとは書いていなかったので撮ってしまいました。こちらの突き当たりが売店へと繋がっています。因みにベンチの横にあるのは、池田屋事件を再現した、新選組の模型……ですが、別段アップにする必要はないか、な?

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今回の一番の目的、飯べら焼印の一部風景。いっぱい撮ったのですが、人が雑多に映ってしまったので、一応ちら見せにしておきます。最初はあんまりお客さん居なかったのですが、ちらほらと観光客の方が参加されて、最後は大賑わいに。天守閣からもその様子が見えました。なんとなく来てこういった行事に参加できたら良いですよねー。観光所の羽織が恰好良い……一度で良いから着てみたいです。なんて夢を語る。会津は大好きですが、まだまだ知識が足りません(`_`)

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お土産は飯べらでございます。自分が押したもの以外にもみなさん大量にくれましたが、そ、そんなには要らないです(笑)

ただあの盛り上がり具合は楽しかったですねー、ホテル出た時は雨だったのにイベントで突然晴れた辺りも素敵でした。珍しく天候に恵まれた会津旅行。

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武家屋敷でぱちっとな。空が綺麗だったので撮りました。武家屋敷には必ず足を運んでしまうのですが(主に何かを買いに)、こうして綺麗な景色も見れると得した気分になります。そして今回初めて、東山温泉の方までバスに乗りました。いつも武家屋敷まで、なので、あの奥地まで行ったのは初めてです。今度カメラ回して撮っておきたいぐらいに、なかなかおもしろい道のりでした。

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最後は斎藤先生にご挨拶。すぐに去るためお花献上も躊躇われて、一生懸命挨拶だけしてきました。まだここにいらっしゃる、と思います。お墓を綺麗にした時にはまだいらっしゃったと聞いたら、こうしてカメラを向けるのも申し訳ない気になりましたが……それでも撮りたい。願うことなら毎日でも頭下げに行きたいぐらいです。できないからこそ、毎日写真に頭を下げる。

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ついでに阿弥陀寺でこんなちらしを発見。……今回は無理でしたが、いつか行きたいなぁ。良いなぁ。こういう地域のイベント大好きです。たとえ地元でやっていても行かない辺りが駄目な気がしますけど(苦笑)

雑多な報告になりましたが、たった1日でも楽しかったです。赤瓦は青空に映えますね!今年もこういうイベントには空かさず参加して、どんどん会津に行きたいと思います。あ、もちろん、会津以外にも……たくさん旅行に行って勉強したいと思います。

[ 2011年01月18日14時34分35秒 ]

会津小旅行1

今年三度目の会津です。

……他に行くところはないのかって? ……その通りでございます。つい行ってしまうのです。あ、足が北にしか向かない。来年こそ西に行かないと……!

 

さて、とりあえず会津です。

何せ唐突だったもので、土曜仕事を終えて昼間バスで出発しました。着いたら雨。流石の万年雨女も溜め息を吐きます。

もう暗いのでどうしようかと迷いながらも城へ向かう途中通るのは、神明通り、私の馴染み商店街です。勝手に馴染んだ気で居る、というのが正しいかもしれません。

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蒲生氏郷の墓入り口ですが、未だ行っていません。行こうかな、と思ったけど、夜は流石に……。

 

気を取り直して次の日!やっぱり雨!予報では雪とか云ってたんでどうなることかと思いましたが、まだ小雨で良かった……。

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またしても城へ行く途中でぱちり。

云わずと知れた、市役所です。真正面から撮れよ!とか思うのは、今さらです。何度も何度も通っておきながら、そういえば写真って撮ってない気がすると通り過ぎた後に気付いたんです。傘を差さず写真を撮れるチャンスは滅多にないぞと、慌てて撮って来ました。が、真ん中まで戻る気はないという、なんとも中途半端な。

昭和初期の建築ですが、だいぶ古く見えます。建築についてはど素人なのでものすごく適当な発言ですが。

でも恰好良いなぁ……。もっとちゃんと撮ろう、今度は。

 

さぁ、市役所を通り過ぎて、十字路を曲がります。

……おお!

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もうこの曲がる瞬間が好きなんですよー……。大通り歩いてるとそのうち見えて来るアレが!って相当来てますかね、コレ(苦笑)。見えるでしょうか、鶴ヶ城です。

ちなみに、9月の北出丸大通りから城を臨んでみよう。

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……まさかハウス時期を撮ってあるとは、自分でも思いませんでした(笑)なんでもかんでも撮るからなぁ。ちなみに以前の瓦のは……って探しましたがなかったです、残念。北出丸大通りシリーズで集めようかなぁ(笑)ビフォーアフター。アフターがちょっと遠過ぎたのが残念ですが、お城が見えるって良いですね……。しかしまぁ、お祭りの時の天気が本当に悪かったと裏付けるような写真です(苦笑)

 

さぁ、大通りを進んでようやく。

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ご対面。

奇跡的にこの時、もう雨は上がって晴れ間でした。完全な晴れ間ではなく、天気雨だったのでまだ気を抜けませんでしたが、後光が差しましたよ……。

と、中途半端にもったいぶって、一回目はここで終了。第一回、小ネタと鶴ヶ城まで、終了。次は城の様子とイベントをば。

 

[ 2010年12月13日17時09分31秒 ]

会津より

詳細はまた帰ってから‥ですが、奇跡的なお天気です。

きつねの嫁入りですけどね‥赤瓦がとても綺麗です!

[ 2010年12月12日11時33分18秒 ]

会津その他

 

御無沙汰しています、浮き沈み激し過ぎてすみません……。

昨日「ぶらり途中下車の旅」で鶴ヶ城をやっていましたね!って見ていて、そういえば寄付証明をもらったんだと思い出しました。

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……適当過ぎてごめんなさい。23日って辺りが、個人的に気に入ってます(笑)。

そうだ、9月23日、おまつりは中止でしたが、式典は行われていたようですね。最近になってサイトで初めて知りました(苦笑)

早くも次回の会津行きプランを考えているのですが、やっぱりお城が完成したら初日に行きたいですよね!でも4月の桜の季節も見逃せない……とかいろいろ悩んでしまいます。お祭りもあるし、そうそう、近藤勇の墓前祭もありますよねー。城完成が4月になったら良いなぁとか都合の良いことを思っているのですが(笑)。城完成日は日帰りで遊びに行って、4月は連泊してこようかなーと軽ーく考えています。

最近は自分の地元を勉強中。意外におもしろいものですねー、地元嫌いだったんですが、小学生以来になってしまった博物館を訪れてみたら、意外に楽しかったです。無料のくせにかわいい作りだし、やるなぁ、地元と見直し中(笑)地元キャンペーン、お勧め中。

私が放置して居る間に、カウンタが日々回りまくっていてびっくりしました。こんな放置ブログに起こし戴き、ありがとうございますm(_ _)m

ようやくにして落ち着いて来たところで、これからさらに忙しくなるかもしれないんですが、それでも趣味は趣味で続けていきたいので、放置しまくるかもしれませんが、一応幕末勉強も兼ねてブログは続けていけたらなぁと思っています。

気がつけばもう年末。龍馬伝は結局、途中リタイアしてしまいました。大河に向かないのなぁ自分(苦笑)。

残り少ない日々ですが、もっと顔を出せたらと思います。

 

[ 2010年11月07日19時17分39秒 ]

ふらっと城に

いってきました! さあ何所でしょう?笑

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小田原城でした。……すみません、結局城址公園なんですが。

城マニアとランチ食べていたら、城行きたいねーてな話になり……。

「城行く?」

「城行こうか」

即決。

別に小田原へ愛があるわけではなく、我が家から天守閣がある一番近い城と云えば、小田原なんですよ。既にお昼だったので急いで回った感じでしたが、帰りは貸切のように誰も居なくて写真取り放題。少し暗かったですが……。でも意外に観光客が多くて驚きました。

久々にでかけたー!って気分になれたので満足。パンフと一筆箋を買いました。弘化、文久年間の小田原城を描いたものだったのでつい……変なところで幕末しました。

 

浮き沈みの激しいブログですみません。

でもそろそろ恒例の季節がやってきたので、熱が上がってきましたよ! 来月はもう、会津まつりですね!!

本日ようやく日程を決めて宿を取りました。後は行き方ですねーどう行くべきか……。23日朝から動かないといけないので、やっぱり夜行で行くしかないかなー。なんて考えるだけで楽しくて楽しくて……!!

現在の鶴ヶ城展示を見に行きたいので、もしかたら今月ふらっと行くかもしれません。それは日帰りですが。……行けたら良いなぁ、という10パーセントぐらいの確率です。月末は忙しくて行ける可能性が低いんですよね……。池袋で今月まで、あかべこ会津館なるものを開いていると今さら知り、行かなければ!と焦っているのです(あかべこファン)。プラスして、時代屋が閉店らしいのでセールに行きたい。でも休みが2日しかない……どうしよう、みたいな贅沢な悩み。何かと楽しみの多い8月です!

会津まつり! 今回のまつり以外の目的はなんと云っても瓦! そして名前!! ……お城がハウスなのは残念ですが(笑)。ライブカメラ見た瞬間に、「ハウス!」と叫んでしまってから、呼び方が定着してしまいました。でも3月には赤くなっている! というのを期待して待ちます。もちろん3月にも行かせてもらいます!

って小田原報告のはずが会津報告……と云うよりただの叫びになってしまいました。

けど小田原城も良いところだと思います。近場で観光的なことができて楽しめました。今度は近場にある城跡でも巡ろうか、といろいろ悩みつつ終わります。

 

[ 2010年08月20日14時11分02秒 ]

プチ高幡不動

 

友だちの家に遊びに行き、その後すぐにまた別の用事があったので通りすがったぐらいな上、カメラを忘れる体たらく。

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信号待ちでどうにか撮ったは良いけど、車のお兄さんにすんごい見られちゃいました。大丈夫です、欲しかったのは上の土方さんです。貴方は消しました(笑)。

久々に来たのであちこち巡りたかったのですが、住んでいる友だちはまったくもって興味なしなので(苦笑)、大人しく土方さん撮るだけで我慢。歩けば「誠」、歩けば近藤さん、歩けば土方さん、こんなに新選組してたっけ、とだいぶ前の記憶を引っ張りだしてしまいそうになりました。すごいなぁ。1日観光したいです。また今度は日曜の開館日に行きたい。誰か案内してほしいぐらいなんですが……。

でも土方さんにはご挨拶できました!和装土方は本当良いですよね~

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け、けど家から高幡不動が見えるって……う、うらやましい……!(笑)

いつか七日町に住みたいです。趣味はちょっと遠いけど城までの散歩。そんな老後を目指します。

 

[ 2010年07月25日16時10分33秒 ]

自由民権資料館

 

すごく久し振りになってしまいました。来てみたらいろいろと変化があってびっくりです。記入欄が狭くなってしまったのはちょっと残念ですが……まだ使いこなせない雰囲気が(笑)。

 

さてさて、今度こそようやく余裕ができたので、史跡・資料館巡りを再会しました。この夏は都心で遊ぶぞ!と決めています。もちろん幕末巡りですよ~。

手始めに、と云っては難ですが。

勤務先近くにあったのにずっとスルーしていた自由民権資料館に行って来ました。家からもずいぶん近いです。って云うと、居場所がばれますが(笑)学生の時から行け行けと云われ、卒業してから行くあたりがあまのじゃくです。一般の人には車でないと行き辛い場所ですね。

幕末の動きとはちょっと異なりますが、やっぱり自由民権運動の始まりは幕末という動乱の時代からきているわけで、幕末から展示は始まっていました。町田の方々は本当に熱心で良いですよね。無料なのに展示品も多く、明治の政治に暗い私には、良い勉強になりました。この地域独特の雰囲気が味わえて良いですね。近いと云うのに、我が地域にはない故郷愛と云うのでしょうか……、なんでしょうね。

神奈川県になった多摩地域のこととか、そう幕末の武州一揆の展示もありました。時代の転機を得てからこの地域がどのようにして国と関わって来たか、というのが伝わってきました。まだちゃんと見直せているわけではありませんが。

狙っていた本は品切れでしたが……別に気になるものを購入してきました。まだ読んでいませんが、立ち読みした時にはおもしろそうだったのでこれから読んでいきたいと思います。

 

最近伊藤博文が見直され、昨年も書籍が出て、最近も新書が出ましたよね。まだどちらも確認していないのですが、気になっています。去年出た際に、大学の先生にいろいろ話を聞いただけで買うのも躊躇い、借りるのも躊躇い、どうでも良いから早く読めよって話なんですが(苦笑)

そこから博文気になるーと思って買ってしまいました、雑誌「横濱」。特集が「幕末・明治横浜の目撃者たち」。横浜と幕末って密接でありながらも史跡など大きく取り上げられるものはないので、ちょっと無理矢理繋げたよ、的な部分もあるのですが……、当時の横浜がわかっておもしろいです。開港していきなり外国人が住み始めた横浜。考えるとおもしろいですよね。博文もそこに載っているので、そこから急に来た連想ですが。

近いのになかなかいかない横浜、今度こそ開港資料館に行きたいです。小学生以来ですよ(笑)。小学生の頃とかまったく興味がなかった自分が恨めしいですが、興味ありすぎてもちょっと怖いので、また今度楽しんできます。

自由民権資料館のお話のはずが……ろくに写真もなくてごめんなさい。館内は撮影禁止です。ただ展示品を見てるだけで私はおもしろかったです。

 

[ 2010年07月18日09時05分55秒 ]

甲府城


なんだかとってもご無沙汰でした。生活に変化があり時間はあるけどまったり勉強もできず、ようやく落ち着いた感じです。

先週の龍馬伝は、そう、個人的評価がおそろしく低かったので、書くのやめておきますって書こうとして書いてないー!そんなわけでなしにしました。今日はどうかなー?


さて、仕切り直して......昨日甲府に行ってきました!仕事の付き添いだったんですけど、いつもなら高速で通り過ぎるだけの甲府をちらっと見てきましたよー。甲府と云えば新選組となってしまう、ちょっとおかしな我が脳内ですが......。

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甲府城、別名舞鶴城公園です。こんなに大きいと思っていませんでした!城址公園とかって小田原しか知らないから......苦笑
昨日も蒸し暑くて歩くのはちょっと辛い季節でしたが、こんなにもお城の跡が残っているのだと知らなかったのでちょっと興奮(笑)ネットでちら見したぐらいだったので、天守閣はないんだなーぐらいしか。こんな公園が近所にあるなんて羨ましいですconfidentheart04

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天守閣はなくても、天守台は当時のままだそうです。──明治天皇万歳なんですねとりあえず。

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天守台から見た山手御門。新しいのがここから見てもわかりますねー2007年でしたっけ......。確かそれぐらいに復元されたようです。すみません、歴史公園って向かいにあるんですけど、行かなかったんです。なのでここからちら見(苦笑)。

ちょっとした資料館らしいものがあったので見て来ましたが、信玄、信玄、信玄でした(笑)。まぁ当たり前なんですけどねー。幕末に関してはやっぱり「板垣退助が無血開城」ぐらいしか書いてありませんでした。明治の廃城以降は、公共機関としての役割が大きかったみたいですね。学校とかいろいろ......。

信玄に詳しくない私は、信玄神社にも行かず、自分の目的を果たします(笑)。

慶応4年3月、甲陽鎮撫隊と称した新選組は、甲府城までたどり着くことができず、勝沼で戦となってしまいます。
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ってわけで、帰り道にちょっと寄り道して勝沼へ。柏尾の古戦場は行けませんでしたが、代わりに菱山へ。ぶどうの丘で見つけた勝沼を主張してみる(笑)。車で走っている最中、何所を見渡しても、ぶどうとももだらけでした。後は田んぼ。我が家の近くはもうほとんどなくなりましたが、畑ばっかりなので田んぼはなんとなく新鮮に感じてしまったり。

甲府城を先取りされてしまった新選組は、江戸で増員したほとんどの隊士が脱走し、人数、武器を比べても、勝てる戦ではありませんでした。近藤は大善寺辺りの街道沿いに布陣、原田左之助がそれに付き、永倉新八と斎藤一はそれぞれが分隊を率いて山中に布陣。永倉が岩崎山、斎藤はおそらく菱山で守備をしていたとされています。明確に何所なのかは私ではわかりませんでしたが、菱山集落を眺め、あの山かなぁと随分適当に当てをつけて感慨にふけってみました(いい加減)。菱山でも、攻め込んで来た土佐の一隊に負けて敗走を余儀なくされます。

帰りは甲州街道をずんずんと進みました。ここを行きは揚々と進み、帰りは敗走したんだなぁと思いながら運転していたら、なんとなくしんみりしました。特に近藤はどんな気持ちで江戸へ向かったのでしょうね。ここらの近藤の増長は、鳥羽伏見を体験していないだけにわかる気がしますが。

近いけれどやっぱり半日では足りなかったですdespairdown
今度は甲州街道からゆっくりと旅をしてみたいと思いました。


[ 2010年06月20日08時05分13秒 ]

会津「如来堂」


そんなこんなで会津です(どんなだ)。
いろいろ回っているので個別にしました、まずは個人趣味でごめんなさい、如来堂(笑)。そして天気も悪いです、私が行くと会津はいつでも天気が悪いんです。勉強中の無知が語るので間違いがありましたらすみません......。

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新選組三番隊の隊長で、会津では新選組の隊長を務めた斎藤一(この時は山口次郎)と共に、会津に残った新選組隊士が激戦し、命を落としたと云われていた場所です。

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「十三名は華と散った」とありますが、実際死亡が確認されているのは六名で、斎藤を始め多くが生き残りました。昭和まで生き延びた池田七三郎などは如来堂脱出後、水戸諸生隊と合流し、水戸、水戸城、そして銚子まで転戦を続け、降伏しています。
激戦の会津に残った人々が生き延びて、箱館まで戦った土方さんが亡くなるというのは、なんとも云えない感情が沸き上がります。双方にとって、どういう気持ちだったのだろうと。まぁ勝手に盛り上がって熱く考え過ぎってこともありますけど......やっぱりいろいろ思っちゃいますね。

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こちらには生存して生き延びたことも、斎藤が語ったことも書かれていますね。研究が進んで後々作られたもの。
ここらへんの土方さんと斎藤の動きを何度も読んではいるんですが、未だに理解できていないんです、あ、頭が足りない......のにこんなこと語っててごめんなさい(苦笑)。
土方と論争したのはいつなのか。土方が会津を去る8月23日以前であることは間違いないけど、うん?
斎藤に付いて行った隊士は、十数名とも二十名とも云われますが、結構多いですよね。土方と斎藤の意見の相違で分裂したと多くは書かれていますが、そう簡単な話に感じられないのです。まぁでも、斎藤と同じ考えで残ってくれた隊士が居るのだとしたら、......感無量ですが。

とりあえず、転戦する土方に反対して残ったのは事実。どちらが正しいとは云えないですよね。

谷四郎兵衛によると、一度は仙台行きを了承したともありますが、戦況を見て考えを変えたのか、斎藤は落城寸前の会津を捨てて行くことはできないと会津に残りました。実は会津藩士だという説もまだ捨てきれない斎藤ですが、どちらにせよ、ここで会津に残ったことこそ、私が斎藤を好きになったきっかけです。まぁそれから調べ始めたら、他にもいろいろ付加されていくのですが。


全滅した、と云う説が信じ続けられていたのは、おそらくこの土地のため(笑)
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おそらく阿賀川を渡って逃れたのだろうと云われてますが、ちょっと撮れていませんね、もっともっと向こうかなって見えないか。どうやって脱出したのかもう一度考えようと、周囲の写真ばかりたくさん撮ってましたが、帰って見るとろくな写真が撮れてないdespair

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何人が斎藤と残ったのかは定かではないので確かなことは云えませんが、死亡者が六名で脱出者も多いことから、それほど大きな攻撃ではなかったと云う説に納得しています。ここが生きるか死ぬかの分岐点だったでしょうね、会津に残留した新選組にとって。亡くなられた六名に関しては、深く頭を下げます。
斎藤はその後城下で会津が降伏するまで戦い続けます。降伏に気付かず城下で戦を続けていた会津藩家老佐川官兵衛と一緒だったと云う説もありますね。如来堂を生き延びた隊士は、戦では亡くなりませんでした。


本当に何もないんですが、ここに来た時はなんだろう、なんだか落ち着きました。ものすごーく天気悪かったんです、嵐だったんです、傘が折れるほどのbearingでもここに斎藤が居て戦ったのだと思うと、ずっと留まりたい気持ちになりました。......はぁ。お疲れ様でございました。

あ、そうそう、ここに来る途中、中野竹子像を見ました。次回はそれでも書きましょうか。これ以上は画像が重くて書きづらい。
同じ20代の女として考えることは山ほどあります。自分何やってんだろうなぁとか。観念が違うから一緒にしてはいけないのかもしれないけど、やっぱり年齢が同じだと考えちゃいます。彼女の辞世の句がどうにも好きで好きで堪りません。幕末の中で一番好きかも知れない句。

武士(もののふ)の 猛(あつ)き心にくらぶれば 数にも入らぬ 我が身ながらも

それでも戦って戦って、戦死した中野竹子さんです。

[ 2010年05月21日20時01分05秒 ]

松本藩──松本城


しばらくは東京で大人しく......のはずだったんですけどね(笑)。

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今度こそちゃんとした写真です。携帯からやるとどうもサイズの調整がわからず......大きいんですよね、今の携帯って(先月変えたばかり)。桜がうまく写りませんでしたが......、綺麗です。やっぱりconfidentheart04

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お天気に恵まれましたsun黒塗りのお城は、桜が映えますね。昔のですから今はあまりないけれど、大好きな鶴ヶ城も、昔は七層黒塗り。CGで見た時には本当に綺麗で感動しました。私は城に詳しくないのですが、現存する中では岡山城が一番美しいと黒塗り城ファンは云います。ちなみに一番は豊臣の大坂城、らしい。その方は燃やしたことを猛烈にお怒りになられながら、なぜか葵の紋を携帯につけている不思議さんです。歴史ファンではないから、別に良いんだけど、良いんだけどね......!

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景色がとにかく綺麗ですよね、松本城って。桜が満開だったら、また良かったのでしょうが......。

私もあまり知らない松本藩。東北征伐をしているので、心持距離を置いて見てしまいます。もちろん、それではいけないとはわかっていますが、戊辰戦争は必要がなかったと考えているので。国が分裂した争点である攘夷、開国の問題をひとまずの開国に決め、ようやく国が一つになったと云うのに、わざわざ分裂を招いたのが戊辰戦争。その残り火が西南戦争などに繋がって行ったのではと今は結論させています。「革命には何所の国であろうと戦争が必要だ」と以前、大学の教授に云われましたが、そういう問題ではないだろうっと切れましたbearingannoyだからこそなんで龍馬は殺されてしまったのだろうと、残念に思うのです。戦なしでも済んだことは、西郷と勝が奇跡の江戸城開城で証明しているようなものですから。

まぁそれは置いて、本題は松本藩! 幕末の松本藩藩主は戸田光則、当初は幕府方だったため、浦賀への出兵、水戸浪士の迎撃、また二度の長州征討にも加わっています。
私が松本藩で思い出すものと云えば、第二次東禅寺事件ぐらいでした(文久二年)。当時東禅寺にあったイギリス公使館を水戸脱藩の浪士が襲撃し、公使オールコック殺害を図ったのが第一次東禅寺事件(文久元年)と呼ばれるもの、オールコックは無事でしたが、どちらにも死傷者を出します。オールコックの抗議により、幕府は岸和田藩、大垣藩、そして松本藩を警固に当たらせますが、皮肉なことに、その警固に当たっていた松本藩士伊藤軍兵衛が、第二次東禅寺事件の首謀者となります。
まぁ異国の方も、幕府が危ないよって再三云っているのに「浪士」なるものを甘く見てましたから、オールコックも第一次東禅寺事件で勉強になったのではと思います。特に生麦事件はその象徴って、話を戻せ、伊藤だ、伊藤、話は逸れ過ぎちゃあいけません(苦笑)。
2004年の大河ドラマ「新選組!」を見ていた人なら、覚えている方も居るのではないでしょうか。っていうか、私はそれで知ったんです、伊藤軍兵衛(配役は光石研さん)。どういう人なのかなぁと調べてみると......、なぜ出したの? しかも石田散薬って......coldsweats02sign02 と、大河への疑問ばかりが増えちゃいました、逆に(笑)。あの大河にはとりあえず驚きどころかいっぱいです。

伊藤の遺書......になるのかわかりませんが、書き残しによれば、その内容は完全なる攘夷論者ですね。警固のお務めを非常に嫌がっており、それはお殿様への不忠になるが、異人を守ればご先祖様へも不忠になると云っています。五月末、そう云えばそろそろ、第一次東禅寺事件から一年だ、も、もしかしたら、また水戸浪士が襲撃に来るのでは! ってな噂が世間では流れます。そんな厳重警備の中、23歳の伊藤は単身で公使館に斬り込み、水兵二人を殺害。自分も手傷を負い、自刃しています。
格好良い......って違う(笑)。それだけだと単なる過激浪士になっちゃうよ。えーと、いろいろ彼なりに考えて斬り込んでいますから、実際に伊藤の書き残しを読んでみるとおもしろいです。でも何せ調べたのが六年前! 今見直したらネットですらそんなに書かれていませんね......、本もない。引用できないので、もし興味を持たれたら検索してみてください、少しは出ます。私もうろ覚えだったのでいろいろなサイト見て参考にさせて戴きました。どうやら『松本市史』に載っているようですが未確認ですし、そう簡単には見られないでしょうから。しかし載っていると聞いたら、欲しくなってしまいました『松本市史』(笑)。当時の人の生声って、読むと勉強になりますねー。多いに読み取り間違いもありますが、それを確認していくのがまたおもしろい! って、地味過ぎるか、この趣味(苦笑)。

やっていることは過激でもその人物の想いを感じ取ると、こんなにも一所懸命に国のことを考えるなんてと、なんとも云えない気持ちになります。私は長州の人々の真っ直ぐなところに惹かれます、だから吉田松陰も久坂玄瑞も好きです。松陰も玄瑞もだいぶ走り続け、途中突っ走ることもありましたが、裏で策謀したり攘夷だと叫んで異人を斬り殺す浪士より、ずっと懸命だったように思えるのでthink今の日本では難しいでしょうね、命を賭し過ぎた結果なのかもしれません。

さて、伊藤の件で、イギリスはまたしても幕府に抗議。なんだか知らないけど、他の国まで口をそろえてわーわー怒ります。すべての責めを喰らう幕府はいっぱいいっぱいです。結果、松本藩は警固から外され、藩主差し控え。幕府方としての動きは長州征伐まで止まります。慶応四年、鳥羽伏見の戦いが起こり、西軍が江戸城向けて攻めて来ると、何所の藩とも同じく、藩論は佐幕と勤皇で分裂。最後には藩主戸田が勤皇転換を決め、西軍の要請通り、東北征伐へと繰り出すわけです。まぁ戊辰戦争の時は何所の藩もその先に起こる廃藩置県など予想もしてないですから、存続することを念頭に置きますよね。仕方のないことと云えば仕方のないことなんですが、勝のように必死になってくれる人は居ないのでしょうかとも思ってしまう。

なんてずらずらと書きましたが、伊藤以外は買って来た史料を見ながらの復習でした。あっちこっちの藩を見ないといけないんでしょうが、そう簡単に深く手を回せないので、そこらへんはゆっくり見て行きたいと思っています。好きなことを調べているだけで、急ぐ必要はないですからね。本当のことを調べていけたらそれで良いなぁと。

しかし城内の写真を撮れるのは良いですね、撮れないお城ばっかり行っていたので嬉しくて無駄にたくさん撮りましたhappy01shine流石、立て直したお城とは断然違います。やはり残した人々の話は松本城の根幹をなしているようで、しっかり書いてありました。そういった運動のおかげで現存しているわけだから、ありがたいですよね。──通常の階段すら苦手な私には、あまりに惨い角度の階段たちが敵でしたが(笑)。

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実は何所へ行くとも決めず、桜を見るため適当に出掛けたので、松本城はほんのおまけで本題は桜。もう散り初めてはいましたが、まだ咲いてました。桜と城。良いですねぇ。

さらなるおまけ。

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道中で、富士山がとても綺麗に見えましたshine
余談ですが、ついでに勝沼へ行ったことがないので、インターできょろきょろ。まったく地理がわからないので、何所らへんかなぁと中途半端に想いを馳せました。ちゃんと行きたいのですけれどね、甲州。そこまで遠くはないので、また勝沼狙いで行きたいです。斎藤先生の足跡を調べて地図に起こしている最中なのですが、何せふらっと消えてしまう人なので難しい(笑)。できたらちゃんと歩いてみたいんですけれど、いつになるやら遠いです......。

そう、日帰りで行って来たので、当然龍馬伝は間に合わず。後日ゆっくり見ることにします。

[ 2010年04月26日16時39分15秒 ]

松本城に

行って来ました〜。
人を避けたら写真が小さく弱くなってしまいましたが‥。もっと綺麗です。申し訳ありません国宝、力及ばず綺麗に写せませんでした。
すごく良いお天気で、散って来てはいましたが桜も綺麗でした。

余裕があればまた帰ってからちゃんとデジカメの写真を出そう。うんきっと。

[ 2010年04月25日16時47分10秒 ]

新選組のふるさと歴史館


日野には中学以来ほとんど行っていませんでした。初めて来ました! と云うことにしておこう。日野方面を詳しく知らないって......駄目だろうたぶん。近くなのでいつでも行けるーと思ってしまうんですよね、小野路なみに。今日はたまたま朝八王子方面に用事があったので、ついでに行って日野探索しよう! と、思ったが。

なんなのでしょう、この豪雨shock昨日の春は嘘か! まぁ所詮そんなものですよね......。
平日なので開館している新選組のふるさと歴史館だけお邪魔して来ました、風め、誠が写らん......。ろくな写真が撮れていない。

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ちょうど誰も居なかったので好き放題にメモ。斎藤一の名を見ると理性を失ってカメラを出しかけてしまう(がんばった自分)。気になるものを幾つかメモ、明日にでも調べよう。

こういった資料館を回るのはもちろん貴重な資料を見られることでもありますが、出版物を買うのも大事な目的! いろいろと見てさぁ買うぞと思ったところで、館の人が来てくださいました。天然理心流入門の入門、みたいなことをして戴いて、ありがとうございます。スーツだったんですけどねcoldsweats01今度はちゃんと普段着で行きたいものです、ついでにって寄ったら駄目だよ。

噂の木刀と模擬刀を持たせて戴いて、土方、近藤、沖田、井上(この順番だった)の斬り方をそれぞれ教えてもらいました。一つひとつ丁寧に教えて戴き写真まで撮ってくださったのですが、流石に載せるのはやめておこう(笑)。木刀は重い刀は長い。見るのと持つのじゃあ全然違いますからね。持ったりはしますが構えたりすることはなかなかないので、おもしろかった。
本日の解説で井上さんにずーんと心惹かれました。いつもこう、後ろ盾のようにいらっしゃることが多いんですが、強い方だったんですね。どうもそこまで強くない、と書いているのが多いので「京都で勝てる奴は居なかった」と云われた時は驚きました。ここらへんのお話を含めて、今度の勉強標的は井上さんに決まり!(斎藤やっとけよ!)
土方さんの実践で生き残るための戦い方には、思わずにやにやしてしまいます。龍馬は懐にピストル、土方は手元に石ころsmileshine手段はなんでも良いから勝つってのは、本当にかっこう良い方なぁと。一対一の果たし合いでは許されることではありませんが、激動の時代、戦争で勝ち抜くための戦い方は土方流もありでしょう。土方さんらしくて良い、土方さんに熱くなる方の気持ちはよくわかります。もちろん、どの方も魅力的ですが。

あ、そうそう、土方さんのお写真も。市村が届けたあの写真の実寸大、こんなに小さかったのか、と敢えて思う。霊山歴史館に2年前立った沖田総司像の写真までありました。高校の頃以来、京都は行ってないですからね(疑似京都で我慢)。
ほらほら写真撮りなよ撮って良いよとおそろしいまでに勧めてくださったので、心おきなく撮らせて戴きます!(本当はものすごく撮りたかった) 載せるのは心引けるのでやめるけれど。調子に乗って、「じゃあ展示物にある行軍隊列の「斎藤一」の文字を撮っても良いですか?」とは流石に云えなかった(笑)。DVD持ってるから良いんですけどね。

模造刀、ずっと欲しくてこのところ調べていたのですが、本日持たせて戴いたおかげで、余計欲しくなってしまいました! 会津武家屋敷で和泉守兼定(当然土方モデル)が台座付き一万円以下で売っており、手に取ろうとしてしまいました。いや、違う、駄目駄目。おまえが買うのは鬼神丸だよだよ! と云い聞かせてその場は去りました。本当に尊敬する人のものしか買ってはいけないと思っているので(刀に限らずですが)......私は土方さんの刀を持つべきではない。でもやっぱり......刀には心惹かれますねぇ。刀繋がりで、土方歳三資料館にまた展示され始めた兼定のお話もしてくださいました、見つけた時はもうすべてにおいてぼろっぼろだったとか。土方さんの戦の痕跡が見えるようで良いよなぁ。まだ見ていませんが、絶対に見に行きたいなぁ。

購入したのは『相馬主殿回想録』『新選組 戊辰戦争のなかで』。お金ないのでセーブセーブ。
そうだ、展示でも思ったけれど、相馬の肖像画は謎ですね。いったいいつですか、これ。相馬の切腹は若かったでしょうに、肖像画はだいぶお年を召しているように見える......。すみません、由来を知らないので。

歴史館の方も勧めてくださったように日野宿を含めいろいろ巡ろうと思っていたところに、講演会「幕末の風雲児河合継之助」のちらしを発見。おお、継之助。行きたい、これは聞きたい。いつなんだ。
日時、4月22日(木)14:00~16:00  ──今日じゃあないですか!
っていうか出ようとしたの1時だし! 思わず空いてますかと駆け寄ろうとしたけど、予定があるので16時には家に帰らなければならない。──残念。日野巡りも......スーツの上にどしゃぶりで無理を感じたので、断念して帰ってしまいました。まぁ日野は遠くないし、もうすぐお祭りだしね!

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駅には既にポスター、まぁ当然か。
行けると良いなぁ。お祭り騒ぎは好きです、昨年の斎藤一忌も楽しんで来ました。
今までスルーしていましたが、行けるところは行こうと思ってます。ファンが集まるって良いですよね。普段、周囲に幕末の話を周囲にしたところで、すぐにぶった切られますからthinkdown 語れるのブログしかないんです、淋しいことに......。一人で更新頻発していたらすみません。
とにかく行きたいなぁ、9日を予定して。
だって映画、「壬生義士伝」だよ!(目的違う) ──まさかの斎藤一の登場に驚きました。何回見るんだよ! DVD擦り切れたろ! と云う突っ込みが聞こえなくもないですが(実話)、小説も数えきれないほど読んでます。別段壬生義の斎藤が好き、と云うわけではないんですが。居ると読んでしまうと云うか。燃えよ剣と壬生義があったら、迷わず壬生義を取ってしまいます。

まぁ別に壬生義士伝は置いて、ただただ行きたいだけなんですが、先が見えないとなんとも云えませんね。
ちょっと沈み込んでいた気持ちがこれだけで浮き上がったので、自分をどうにかごまかしてがんばります(笑)。

[ 2010年04月22日20時42分25秒 ]

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