会津最終日、新選組まつり並びに斎藤一忌の日でしたが、この日もどんよりお天気でした。しかしこんな天気に負けていられない最終日なので、早速出発。悩みながらも歩くことに。
本当は毎日鶴ヶ城を拝むのですが、それよりもまだ回っていないところをぶらぶらしたいと思い、元気もあったので会津のなかをぶらっとしてきました。

ぶらっとしていると、こんなものに出会えるんですよねぇ。実はまだ行っていませんでした。今まで私が行ったところで非常に限定されているので、こうして町中歩いていて見つかると嬉しいです。西軍戦死者の墓、そのままですが、会津町方伝承館の向かいに位置します。思いっきり住居ですが……。
郵便局へ遊びに行き、途中雨がぱらつく。ついでに蒲生氏郷公の墓まで足をのばし、そこから七日町へ。ようやく会津の地理がちゃんと頭に入って来た気がしました。
以前来たのは今年の3月ですが、何やら工事中だったものができあがっていたりして、雰囲気が少しだけ変わっていました。本当に少しだけですが。町起こしをがんばっている感があるんですが、そういうわけでもないんでしょうか。

阿弥陀寺にて。
雨はすぐやんだのですが、やっぱり空はどんよりしているなぁと思っていたところに、開始の14時頃になってお天道様が……!風は強くてろうを灯すことはできなかったのですが、始まりと共に天気に恵まれるってすごいなぁと。まぁすぐに暗くなったり明るくなったりと、落ち着きない天気でしたが。そうそう、勝手なる妄想ではありますが、タイミング良く風が吹くんですよねぇ。たとえば司会者の方が「斎藤一」と云った瞬間に風が吹いたりして……、なんだか答えてもらえているようで嬉しく思えました。
始まる前に時間があったので、斎藤氏にご挨拶。普段は人気のないお墓ですが、この時は賑わって良いですよね。
14時、鐘を三度鳴らして開始。

斎藤一忌とされていますが、東軍の方々もこちらにいらっしゃるので、正式には会津に眠っておられる御魂へ、ですね。
参列してくださっているのは会津市の方々と、藤田氏、無外流の方々です。斎藤一忌の内容は昨年と変わりありませんが、毎年来ることに意味がありますよね。ただ昨年は焼香できなかったのですが、今年初めてできました。昨年、なんでできなかったのか記憶がありませんが、ようやくきちんとお参りできたので満足。
その後の「七日町寺子屋」。
まずアトラクションとして、会津キャンペーンクルー白虎隊・娘子軍剣舞。前日に飯盛山で見ていたからか、余計におもしろかったです。ますます興味を惹かれました。中野竹子はやっぱり恰好良い。
今回は会津史学会会長、間島勲氏による「会津戦争とその後の斎藤一」。
おもしろかった……。知っていることが多いです、もちろん。だけど話を聞いているだけでおもしろい。
間島氏はやはり斎藤があれほど会津藩士の重鎮に固められていることが不審であるとし、はっきりとした証拠はないが出生は山口家ではなく、会津藩士である方が高いとしていました。書いて良いのかわからないので略しますが、生い立ちや、あのやそさんについても話されていたのがとても興味深かったです。私は会津藩士ではない派なので、まぁそれも根拠が確実にあるわけではありませんが、間島氏の話を踏まえてまた勉強したいと思います。……なんて、足元にも及びませんが。
ただそんな考え方もあったか、と新しく斎藤一の謎を解明する道をもう一つ見つけたような気持ちになって、刺激されました。
謎とは無関係に一番印象に残っているのは、斎藤先生の御骨が残っているとのこと。……拝みたいものです。
長々と語れるかと思えばそこまでではなく、本当に単なる事後報告みたいなものになってしまいましたが……。ひとまずこれにて会津まつりは終了です。
本日は斎藤……いや藤田が住んでいた本郷まで足を運んできました。卒論で何度も足を運んだ本郷ですが、斎藤を考えて歩いたことはありませんでした。今回は調べが足りずにきちんと回ることはできませんでしたが、本郷と云う土地はやっぱりおもしろい土地ですね。そのレポはまた後日書けたらと思います。
神崎
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