September 2010
会津新選組まつり
会津最終日、新選組まつり並びに斎藤一忌の日でしたが、この日もどんよりお天気でした。しかしこんな天気に負けていられない最終日なので、早速出発。悩みながらも歩くことに。
本当は毎日鶴ヶ城を拝むのですが、それよりもまだ回っていないところをぶらぶらしたいと思い、元気もあったので会津のなかをぶらっとしてきました。

ぶらっとしていると、こんなものに出会えるんですよねぇ。実はまだ行っていませんでした。今まで私が行ったところで非常に限定されているので、こうして町中歩いていて見つかると嬉しいです。西軍戦死者の墓、そのままですが、会津町方伝承館の向かいに位置します。思いっきり住居ですが……。
郵便局へ遊びに行き、途中雨がぱらつく。ついでに蒲生氏郷公の墓まで足をのばし、そこから七日町へ。ようやく会津の地理がちゃんと頭に入って来た気がしました。
以前来たのは今年の3月ですが、何やら工事中だったものができあがっていたりして、雰囲気が少しだけ変わっていました。本当に少しだけですが。町起こしをがんばっている感があるんですが、そういうわけでもないんでしょうか。

阿弥陀寺にて。
雨はすぐやんだのですが、やっぱり空はどんよりしているなぁと思っていたところに、開始の14時頃になってお天道様が……!風は強くてろうを灯すことはできなかったのですが、始まりと共に天気に恵まれるってすごいなぁと。まぁすぐに暗くなったり明るくなったりと、落ち着きない天気でしたが。そうそう、勝手なる妄想ではありますが、タイミング良く風が吹くんですよねぇ。たとえば司会者の方が「斎藤一」と云った瞬間に風が吹いたりして……、なんだか答えてもらえているようで嬉しく思えました。
始まる前に時間があったので、斎藤氏にご挨拶。普段は人気のないお墓ですが、この時は賑わって良いですよね。
14時、鐘を三度鳴らして開始。

斎藤一忌とされていますが、東軍の方々もこちらにいらっしゃるので、正式には会津に眠っておられる御魂へ、ですね。
参列してくださっているのは会津市の方々と、藤田氏、無外流の方々です。斎藤一忌の内容は昨年と変わりありませんが、毎年来ることに意味がありますよね。ただ昨年は焼香できなかったのですが、今年初めてできました。昨年、なんでできなかったのか記憶がありませんが、ようやくきちんとお参りできたので満足。
その後の「七日町寺子屋」。
まずアトラクションとして、会津キャンペーンクルー白虎隊・娘子軍剣舞。前日に飯盛山で見ていたからか、余計におもしろかったです。ますます興味を惹かれました。中野竹子はやっぱり恰好良い。
今回は会津史学会会長、間島勲氏による「会津戦争とその後の斎藤一」。
おもしろかった……。知っていることが多いです、もちろん。だけど話を聞いているだけでおもしろい。
間島氏はやはり斎藤があれほど会津藩士の重鎮に固められていることが不審であるとし、はっきりとした証拠はないが出生は山口家ではなく、会津藩士である方が高いとしていました。書いて良いのかわからないので略しますが、生い立ちや、あのやそさんについても話されていたのがとても興味深かったです。私は会津藩士ではない派なので、まぁそれも根拠が確実にあるわけではありませんが、間島氏の話を踏まえてまた勉強したいと思います。……なんて、足元にも及びませんが。
ただそんな考え方もあったか、と新しく斎藤一の謎を解明する道をもう一つ見つけたような気持ちになって、刺激されました。
謎とは無関係に一番印象に残っているのは、斎藤先生の御骨が残っているとのこと。……拝みたいものです。
長々と語れるかと思えばそこまでではなく、本当に単なる事後報告みたいなものになってしまいましたが……。ひとまずこれにて会津まつりは終了です。
本日は斎藤……いや藤田が住んでいた本郷まで足を運んできました。卒論で何度も足を運んだ本郷ですが、斎藤を考えて歩いたことはありませんでした。今回は調べが足りずにきちんと回ることはできませんでしたが、本郷と云う土地はやっぱりおもしろい土地ですね。そのレポはまた後日書けたらと思います。
[ 2010年09月30日00時06分18秒 ]
命日
本日は斎藤一氏の命日です。大正4年9月28日、御年72歳、畳の上で座したまま亡くなってから、95年が経ちました。……計算が合っていれば(待て)。
会津のお墓より離れた地ではありますが、黙祷。
本日回ろうと思っていた本郷あたりですが、諸事情により変更しました。申し訳ない気持ちですが……、その代わりに、本日はお勉強をしっかりしたいと思います。
今日も雨のようですね……。改めて東京の聖地へご挨拶に行きたいと思います。
本日はとにかく、斎藤一氏に多謝。それだけです。
[ 2010年09月28日00時00分13秒 ]
会津まつり3日目
会津2日目、おまつり一応最終日、雨もひとまずやんだので、気を取り直して出陣しました。
まず中央通りで行われたパレード。誰も知っている子は居ませんが、保護者のような立場で見守ってしまいました。……おそらく私をそんな目で見てくれた現地の方は居ないと思いますが(笑)

これが鼓笛隊パレードだったんですね、武者姿は残念ながら見れずに終わりました。何せ戊辰殉難者秋季祭が11時から飯盛山であったので……。それにしてもこのパレードはお父さん率が非常に高かったです。会津は全体的にお休みですかと思うぐらいに。
この影響でバスが異常な込み具合でした。飯盛山に行くにはあかべぇが良いのですが、パレード見ていたら先越されてしまったので、ハイカラさんしかなく……バスに乗るか歩いて行くか悩んでいたのですが、結局ハイカラさんで飯盛山まで1時間コース。……普段はそんなわけないです。すぐ着くんですが、祭りの影響ってすごいなぁ。
11時に飯盛山へ着くことはできなかったんですが、会津の街中をゆっくりぷらっとできたので、ちょっとお得に感じました。会津は街中を見ているだけでおもしろいので。
結局遅れはしましたが、秋季祭どうにか少しは見ることができました。

この白虎隊剣舞を見たのは、私は初めてでしたが、良いですね。この次の日にも別のを見たのですが、個人的に調べたりなんだりしておもしろかったです。白虎隊なので19人が舞い、1人が詩を吟じるのですが、この吟じるのが自刃した後に蘇生した、飯沼貞吉なんですね。ちょうど飯沼貞吉役の高校生が私の前にいらっしゃいました。後から来たので居たのは後方でしたが……。
見た時は何もわからず見ていたので、後で調べて興味津々になりました。何かしら買ってくれば良かったとちょっとした後悔。次に行く時は、もうちょっと白虎隊を勉強しておきたいです。もちろん、この剣舞についても。楽しめたので。
すごく余談ですが、會津新選組同好会の方々が歩いていたのを見て「あ、白虎隊」と云っている観光客のお方が居ましたが……、世間の認識はそんなものなのかなぁと思いました。
奉納はここまで。
みなさん閉会を待たずに解散していましたが……良いのでしょうか。ぼんやりとその場で閉会を聞いていましたが、飯盛山ってなんだか良いですよね。いろいろなものが集まっている感じで。
ついでにさざえ堂を見て来ました。

以前行った時は連れが見向きもしなかったので諦めたんですが、今回はぶらりと自分の好きなところを見ることができたので、さざえ堂のナイスな外観が見れる裏スポットから撮りました。実際そこから見えるなんて知らなかったんですが、飯盛山すぐ下のお土産屋さんを抜けた休憩所のあたりから見ると、さざえ堂がこうして一望できます。下からだと、この姿は見られないので、なかなか偶然にこんなスポットを見つけてちょっとした満足です。てっぺんまで見ることができました。
なんて一人で満足していましたが、実はそこからさざえ堂を見ている人が居たので、別段隠れスポットではないようですが(笑)。

表からはこんな感じ。威圧感ぎっしりです。
さざえ堂はとある小説で知ったのですが、その時はこんな小さいなんて思ってもみませんでした。もっと横にもどーんと広いものだと思っていたので、中に入ると狭いことにまずびっくり。ちょうど観光客の方が他にも登っていたのでわかり易かったのですが、上でぎしぎし音が鳴るんだけど、どうやってもその人には会えない。下から登って来る声も聞こえるけど、会えない。本当におもしろい建物だなぁと思いました。
ちょうどてっぺん(?)の天井はお札ぎっしりで、本当に威圧感がどんどんと。
網になっている部分、最初は気が付かなかったのですが、あれは奥に絵があるんですね。なんだかわからないままにいろいろ撮ってしまいましたが、暗いのでちょっと却下しました……。
次は無事定刻通り走り始めたバスに乗って御薬園へ。実はこちらもまだ行っていなかった。今までの会津旅行で何所に行っていたのやらと我ながら思います。

御薬園入り口にて。
なんだかもう、きらきらしていますよね。秩父宮妃殿下のお話が出ると、これ以上の慶事はないと云う勢いで……。私はあまりの勉強不足にちょっと反省。容保がここに一時期居たことすら知りませんでした。会津戦争の後、しばらくここで恭順していたようです。

御薬園はとても綺麗なところで、水戸の西山荘を思い出しました。あそこは本当に自然満載でしたが、御薬園は住宅街にぽつりと庭園が広がっていて、またちょっと雰囲気が違います。いろいろな写真ばしばし撮りまくってしまいました。花に関しては門外漢なのであれですが……、入口にコスモスがあり、中には彼岸花もありました。秋ですねぇ。

なんて和やかに写真を撮っていたら、こんなものがあったんですね……。詳しく知らずに見ていたのでだいぶ興奮してしまいました。楽寿亭に残る、会津戦争時の刀傷。当時御薬園の周囲は焼き払われ、流れ弾が「心字の池」にも落ちたようで、会津戦争の激しさがわかります。新政府軍の治療所だったようで建物は残ったようですが……。
御薬園の解説によれば(『御薬園』会津若松観光社)
・会津藩の負傷者は誰も収容されていませんでした。
・建物の柱には今も大きな刀痕が残っており、戦場の治療所らしい殺気立った光景が目にうかび、戦いの激しさを物語るものの一つです。
とのことで、少し持って回っていますが、刀傷を残したのは、西軍の人々のようで、戦ってできたと云うわけではなさそうです。会津人はそんなことしないよと訴えているように感じられたのは私だけでしょうか(笑)
そうそう、御薬園で『松平氏墓碑銘和解』なるものを見つける。おお、と思わず声を上げてしまいました単なる不審者です(笑)。歴代藩主の墓所に行った時からあの意味が知りたくて、写真撮ったのから無理矢理解読しようとしていたんですが、頭が足りずにほぼ断念しかけていました。これでようやく……と、思わぬ収穫をして嬉しい限りでした。見たことなかったのでこんなものがあったんだと。
2日目はこれにて夕方となり終了。今さらのように回った感もありましたが、新しい発見に楽しめました。
最終日は既に会津まつりから離れてしまっていますが、会津新選組まつり、斎藤一忌です。
[ 2010年09月27日20時55分08秒 ]
会津まつり2日目
会津まつりの緩いレポです。2日目の藩校行列から参加する予定でしたが、生憎中止だったので、この日は本当にろくなこと書けませんが、一応会津に行ったと云うことで、軽くおさらい。

会津に到着しました!
が、生憎の雨。……でも後々から聞くと、東京の方が酷かったように思います。会津は会津で電車が止まったりして何やら大騒動でしたが、どしゃーって大雨ではなく、降り注ぎ続けるぐらいでしたから。観光には辛いものでしたが……。

藩校行列から参戦するつもりで23日、やって来ましたが、軽い現地レポの通りお祭りは中止。8:30頃鶴ヶ城にてアナウンスが流れました。鶴ヶ城の方も中止なんて初めてですと仰っていたので……残念です。


お祭り準備の痕跡がちらちらと。ちょっと淋しいものですね……。観光に来た人々もそうですが、現地の方はさらに残念でしょう。

ついでに化粧直し中の鶴ヶ城。ライブカメラで覗いていたハウスが案の定でした(笑)北出丸大通りからいつも天守閣が見えるのですが、家の屋根部分がぽっかり見える感じでした。残念ですが、来年3月が楽しみですね。
そういえば西郷邸跡に献花されていたので、手を合わせました。皆さまに。
この日は天守閣の展示「保科正之」を見て来ました。ここらへん弱いので勉強勉強と見て来ましたが、結局付け焼刃にしかなってない。勉強します……。あ、でも例の家訓など展示されていて、思わずぺったり読んじゃいました。何やら今回の旅では家訓をいっぱい見た気がします。
あ、後、赤瓦に名前を書いてきました。一応福島県を本籍地に持つ者としての愛と、会津への愛とを織り交ぜて……。田舎でも良いから福島県民と名乗りたいです。寄付証明をもらい、大満足。黒瓦は終わってしまっていましたね、残念。一番安いので良いから、欲しかったんですが。
初日は後は……雨にやられて。あんまり回れなかったんですよね。たぶん、朝来た疲れもあり、気力が足りなかったんです。丸一日空いてしまったので計画もしていなかった自分が悪いんですが、早々に退出してしまいました。加えて初日っから史料を買いあさってしまって……何をやっているんだか。たぶんおまつりが中止になったのでそのためにと云いわけしてみたり。
初めて会津に来ました!的な雰囲気を醸し出した1日目でした。
[ 2010年09月27日16時31分53秒 ]
斎藤一忌直前

曇天で雨すら降っていましたが、急に晴れ始めました!
このまま無事に始まりますように......。
[ 2010年09月25日13時42分46秒 ]
会津2日目
とりあえずレポ。帰ったらちゃんと書きます。
本日は無事晴れました!くもり......ですかね。まぁ雨ではなく肌寒いぐらいだったので、観光し易かったです。
8月はとんでもなく暑かったそうなので......盆地って怖い。
日新館童子行列と戊辰殉難者秋季祭典は行われました。携帯で撮るの忘れてしまったので、写真なしですが......。
我が子のパレードを見るために、お父さんががんばってました。良いですねぇ。もしかして今日は会津だけ休日なのでしょうか(笑)
個人的には今まで行ってなかったさざえ堂や御薬園などに行き、新発見してきました。御薬園......なんで行ってなかったんだろう。
お祭りのために朝は道路が非常に混んでいました。ハイカラさんは便利ですが、会津は元気があるなら歩くのが1番ですね。狭い路地が何かの跡地だったりして......ああ、住みたいなぁ。
明日は個人的に本番の七日町フェスタ!
......すみません、若干嘘吐きました。神崎の目的は斎藤一忌です。今日バスで阿弥陀寺通るとき頭下げましたが、神崎が珍しく七日町にまだ降り立っていません。
明日じっくり頭下げてきます。神崎の人生を変えてくれた斎藤さんに、また会津の方々に多謝。
あー、明日で会津ともお別れと思うと......早い。
では本番のために準備準備っと。
[ 2010年09月24日20時48分54秒 ]
初日

そんな予感はしてました‥だって雨すごいもの。あ、でも風がないので歩くのはそこまで苦ではないんですが、電車は始発から遅れが出てました(・・)
パフォーマーの方々は集合時間に集まっていて8:30ごろに放送が入ったので、ギリギリまでねばったのでしょうか‥。
現地の方々も大変だったと思います(>_<)お疲れ様でした。
瓦に名前を書くことだけは忘れませんでしたが、おかげでやることなくなってお金使いすぎてしまいました‥初日から痛いです。
明日こそは晴れますように!
とりあえずの現地レポでした。
[ 2010年09月23日15時54分51秒 ]
戦国鍋TV
戦国ですみません、あまり詳しくないのですが、楽しくて見ています。
全部録画して撮ってあるんですが、DVD化してしかもそれが安いとなると買ってしまいそう……!
とか思っていたら……舞台化ですか!?
こ、これは行くしかない!と思いました。だって絶対楽しい! ……と思う。
今日から会津まつりですねーお天気が不安ですが……行って来ます!!
[ 2010年09月22日04時51分35秒 ]
神崎