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April 2010
しばらくは東京で大人しく......のはずだったんですけどね(笑)。
今度こそちゃんとした写真です。携帯からやるとどうもサイズの調整がわからず......大きいんですよね、今の携帯って(先月変えたばかり)。桜がうまく写りませんでしたが......、綺麗です。やっぱり


お天気に恵まれました

黒塗りのお城は、桜が映えますね。昔のですから今はあまりないけれど、大好きな鶴ヶ城も、昔は七層黒塗り。CGで見た時には本当に綺麗で感動しました。私は城に詳しくないのですが、現存する中では岡山城が一番美しいと黒塗り城ファンは云います。
ちなみに一番は豊臣の大坂城、らしい。その方は燃やしたことを猛烈にお怒りになられながら、なぜか葵の紋を携帯につけている不思議さんです。歴史ファンではないから、別に良いんだけど、
良いんだけどね......!
景色がとにかく綺麗ですよね、松本城って。桜が満開だったら、また良かったのでしょうが......。
私もあまり知らない松本藩。東北征伐をしているので、心持距離を置いて見てしまいます。もちろん、それではいけないとはわかっていますが、戊辰戦争は必要がなかったと考えているので。国が分裂した争点である攘夷、開国の問題をひとまずの開国に決め、ようやく国が一つになったと云うのに、わざわざ分裂を招いたのが戊辰戦争。その残り火が西南戦争などに繋がって行ったのではと今は結論させています。「革命には何所の国であろうと戦争が必要だ」と以前、大学の教授に云われましたが、そういう問題ではないだろうっと切れました


だからこそなんで龍馬は殺されてしまったのだろうと、残念に思うのです。戦なしでも済んだことは、西郷と勝が奇跡の江戸城開城で証明しているようなものですから。
まぁそれは置いて、本題は松本藩! 幕末の松本藩藩主は戸田光則、当初は幕府方だったため、浦賀への出兵、水戸浪士の迎撃、また二度の長州征討にも加わっています。
私が松本藩で思い出すものと云えば、第二次東禅寺事件ぐらいでした(文久二年)。当時東禅寺にあったイギリス公使館を水戸脱藩の浪士が襲撃し、公使オールコック殺害を図ったのが第一次東禅寺事件(文久元年)と呼ばれるもの、オールコックは無事でしたが、どちらにも死傷者を出します。オールコックの抗議により、幕府は岸和田藩、大垣藩、そして松本藩を警固に当たらせますが、皮肉なことに、その警固に当たっていた松本藩士伊藤軍兵衛が、第二次東禅寺事件の首謀者となります。
まぁ異国の方も、幕府が危ないよって再三云っているのに「浪士」なるものを甘く見てましたから、オールコックも第一次東禅寺事件で勉強になったのではと思います。特に生麦事件はその象徴って、話を戻せ、伊藤だ、伊藤、話は逸れ過ぎちゃあいけません(苦笑)。
2004年の大河ドラマ「新選組!」を見ていた人なら、覚えている方も居るのではないでしょうか。っていうか、私はそれで知ったんです、伊藤軍兵衛(配役は光石研さん)。どういう人なのかなぁと調べてみると......、なぜ出したの? しかも石田散薬って......


と、大河への疑問ばかりが増えちゃいました、逆に(笑)。あの大河にはとりあえず驚きどころかいっぱいです。
伊藤の遺書......になるのかわかりませんが、書き残しによれば、その内容は完全なる攘夷論者ですね。警固のお務めを非常に嫌がっており、それはお殿様への不忠になるが、異人を守ればご先祖様へも不忠になると云っています。五月末、そう云えばそろそろ、第一次東禅寺事件から一年だ、も、もしかしたら、また水戸浪士が襲撃に来るのでは! ってな噂が世間では流れます。そんな厳重警備の中、23歳の伊藤は単身で公使館に斬り込み、水兵二人を殺害。自分も手傷を負い、自刃しています。
格好良い......って違う(笑)。それだけだと単なる過激浪士になっちゃうよ。えーと、いろいろ彼なりに考えて斬り込んでいますから、実際に伊藤の書き残しを読んでみるとおもしろいです。でも何せ調べたのが六年前! 今見直したらネットですらそんなに書かれていませんね......、本もない。引用できないので、もし興味を持たれたら検索してみてください、少しは出ます。私もうろ覚えだったのでいろいろなサイト見て参考にさせて戴きました。どうやら『松本市史』に載っているようですが未確認ですし、そう簡単には見られないでしょうから。しかし載っていると聞いたら、欲しくなってしまいました『松本市史』(笑)。当時の人の生声って、読むと勉強になりますねー。多いに読み取り間違いもありますが、それを確認していくのがまたおもしろい! って、地味過ぎるか、この趣味(苦笑)。
やっていることは過激でもその人物の想いを感じ取ると、こんなにも一所懸命に国のことを考えるなんてと、なんとも云えない気持ちになります。私は長州の人々の真っ直ぐなところに惹かれます、だから吉田松陰も久坂玄瑞も好きです。松陰も玄瑞もだいぶ走り続け、途中突っ走ることもありましたが、裏で策謀したり攘夷だと叫んで異人を斬り殺す浪士より、ずっと懸命だったように思えるので

今の日本では難しいでしょうね、命を賭し過ぎた結果なのかもしれません。
さて、伊藤の件で、イギリスはまたしても幕府に抗議。なんだか知らないけど、他の国まで口をそろえてわーわー怒ります。すべての責めを喰らう幕府はいっぱいいっぱいです。結果、松本藩は警固から外され、藩主差し控え。幕府方としての動きは長州征伐まで止まります。慶応四年、鳥羽伏見の戦いが起こり、西軍が江戸城向けて攻めて来ると、何所の藩とも同じく、藩論は佐幕と勤皇で分裂。最後には藩主戸田が勤皇転換を決め、西軍の要請通り、東北征伐へと繰り出すわけです。まぁ戊辰戦争の時は何所の藩もその先に起こる廃藩置県など予想もしてないですから、存続することを念頭に置きますよね。仕方のないことと云えば仕方のないことなんですが、勝のように必死になってくれる人は居ないのでしょうかとも思ってしまう。
なんてずらずらと書きましたが、伊藤以外は買って来た史料を見ながらの復習でした。あっちこっちの藩を見ないといけないんでしょうが、そう簡単に深く手を回せないので、そこらへんはゆっくり見て行きたいと思っています。好きなことを調べているだけで、急ぐ必要はないですからね。本当のことを調べていけたらそれで良いなぁと。
しかし城内の写真を撮れるのは良いですね、撮れないお城ばっかり行っていたので嬉しくて無駄にたくさん撮りました


流石、立て直したお城とは断然違います。やはり残した人々の話は松本城の根幹をなしているようで、しっかり書いてありました。そういった運動のおかげで現存しているわけだから、ありがたいですよね。──通常の階段すら苦手な私には、あまりに惨い角度の階段たちが敵でしたが(笑)。
実は何所へ行くとも決めず、桜を見るため適当に出掛けたので、松本城はほんのおまけで本題は桜。もう散り初めてはいましたが、まだ咲いてました。桜と城。良いですねぇ。
さらなるおまけ。
道中で、富士山がとても綺麗に見えました

余談ですが、ついでに勝沼へ行ったことがないので、インターできょろきょろ。まったく地理がわからないので、何所らへんかなぁと中途半端に想いを馳せました。ちゃんと行きたいのですけれどね、甲州。そこまで遠くはないので、また勝沼狙いで行きたいです。斎藤先生の足跡を調べて地図に起こしている最中なのですが、何せふらっと消えてしまう人なので難しい(笑)。できたらちゃんと歩いてみたいんですけれど、いつになるやら遠いです......。
そう、日帰りで行って来たので、当然龍馬伝は間に合わず。後日ゆっくり見ることにします。
[ 2010年04月26日16時39分15秒 ]

行って来ました〜。
人を避けたら写真が小さく弱くなってしまいましたが‥。もっと綺麗です。申し訳ありません国宝、力及ばず綺麗に写せませんでした。
すごく良いお天気で、散って来てはいましたが桜も綺麗でした。
余裕があればまた帰ってからちゃんとデジカメの写真を出そう。うんきっと。
[ 2010年04月25日16時47分10秒 ]
日野には中学以来ほとんど行っていませんでした。初めて来ました! と云うことにしておこう。日野方面を詳しく知らないって......駄目だろうたぶん。近くなのでいつでも行けるーと思ってしまうんですよね、小野路なみに。今日はたまたま朝八王子方面に用事があったので、ついでに行って日野探索しよう! と、思ったが。
なんなのでしょう、この豪雨

昨日の春は嘘か! まぁ所詮そんなものですよね......。
平日なので開館している新選組のふるさと歴史館だけお邪魔して来ました、風め、誠が写らん......。ろくな写真が撮れていない。
ちょうど誰も居なかったので好き放題にメモ。斎藤一の名を見ると理性を失ってカメラを出しかけてしまう(がんばった自分)。気になるものを幾つかメモ、明日にでも調べよう。
こういった資料館を回るのはもちろん貴重な資料を見られることでもありますが、出版物を買うのも大事な目的! いろいろと見てさぁ買うぞと思ったところで、館の人が来てくださいました。天然理心流入門の入門、みたいなことをして戴いて、ありがとうございます。スーツだったんですけどね

今度はちゃんと普段着で行きたいものです、ついでにって寄ったら駄目だよ。
噂の木刀と模擬刀を持たせて戴いて、土方、近藤、沖田、井上(この順番だった)の斬り方をそれぞれ教えてもらいました。一つひとつ丁寧に教えて戴き写真まで撮ってくださったのですが、流石に載せるのはやめておこう(笑)。木刀は重い刀は長い。見るのと持つのじゃあ全然違いますからね。持ったりはしますが構えたりすることはなかなかないので、おもしろかった。
本日の解説で井上さんにずーんと心惹かれました。いつもこう、後ろ盾のようにいらっしゃることが多いんですが、強い方だったんですね。どうもそこまで強くない、と書いているのが多いので「京都で勝てる奴は居なかった」と云われた時は驚きました。ここらへんのお話を含めて、今度の勉強標的は井上さんに決まり!(斎藤やっとけよ!)
土方さんの実践で生き残るための戦い方には、思わずにやにやしてしまいます。龍馬は懐にピストル、土方は手元に石ころ


手段はなんでも良いから勝つってのは、本当にかっこう良い方なぁと。一対一の果たし合いでは許されることではありませんが、激動の時代、戦争で勝ち抜くための戦い方は土方流もありでしょう。土方さんらしくて良い、土方さんに熱くなる方の気持ちはよくわかります。もちろん、どの方も魅力的ですが。
あ、そうそう、土方さんのお写真も。市村が届けたあの写真の実寸大、こんなに小さかったのか、と敢えて思う。霊山歴史館に2年前立った沖田総司像の写真までありました。高校の頃以来、京都は行ってないですからね(疑似京都で我慢)。
ほらほら写真撮りなよ撮って良いよとおそろしいまでに勧めてくださったので、心おきなく撮らせて戴きます!(本当はものすごく撮りたかった) 載せるのは心引けるのでやめるけれど。調子に乗って、「じゃあ展示物にある行軍隊列の「斎藤一」の文字を撮っても良いですか?」とは流石に云えなかった(笑)。DVD持ってるから良いんですけどね。
模造刀、ずっと欲しくてこのところ調べていたのですが、本日持たせて戴いたおかげで、余計欲しくなってしまいました! 会津武家屋敷で和泉守兼定(当然土方モデル)が台座付き一万円以下で売っており、手に取ろうとしてしまいました。いや、違う、駄目駄目。おまえが買うのは鬼神丸だよ国重だよ! と云い聞かせてその場は去りました。本当に尊敬する人のものしか買ってはいけないと思っているので(刀に限らずですが)......私は土方さんの刀を持つべきではない。でもやっぱり......刀には心惹かれますねぇ。刀繋がりで、土方歳三資料館にまた展示され始めた兼定のお話もしてくださいました、見つけた時はもうすべてにおいてぼろっぼろだったとか。土方さんの戦の痕跡が見えるようで良いよなぁ。まだ見ていませんが、絶対に見に行きたいなぁ。
購入したのは『相馬主殿回想録』『新選組 戊辰戦争のなかで』。お金ないのでセーブセーブ。
そうだ、展示でも思ったけれど、相馬の肖像画は謎ですね。いったいいつですか、これ。相馬の切腹は若かったでしょうに、肖像画はだいぶお年を召しているように見える......。すみません、由来を知らないので。
歴史館の方も勧めてくださったように日野宿を含めいろいろ巡ろうと思っていたところに、講演会「幕末の風雲児河合継之助」のちらしを発見。おお、継之助。行きたい、これは聞きたい。いつなんだ。
日時、4月22日(木)14:00~16:00 ──今日じゃあないですか!
っていうか出ようとしたの1時だし! 思わず空いてますかと駆け寄ろうとしたけど、予定があるので16時には家に帰らなければならない。──残念。日野巡りも......スーツの上にどしゃぶりで無理を感じたので、断念して帰ってしまいました。まぁ日野は遠くないし、もうすぐお祭りだしね!
駅には既にポスター、まぁ当然か。
行けると良いなぁ。お祭り騒ぎは好きです、昨年の斎藤一忌も楽しんで来ました。
今までスルーしていましたが、行けるところは行こうと思ってます。ファンが集まるって良いですよね。普段、周囲に幕末の話を周囲にしたところで、すぐにぶった切られますから


語れるのブログしかないんです、淋しいことに......。一人で更新頻発していたらすみません。
とにかく行きたいなぁ、9日を予定して。
だって映画、「壬生義士伝」だよ!(目的違う) ──まさかの斎藤一の登場に驚きました。何回見るんだよ! DVD擦り切れたろ! と云う突っ込みが聞こえなくもないですが(実話)、小説も数えきれないほど読んでます。別段壬生義の斎藤が好き、と云うわけではないんですが。居ると読んでしまうと云うか。燃えよ剣と壬生義があったら、迷わず壬生義を取ってしまいます。
まぁ別に壬生義士伝は置いて、ただただ行きたいだけなんですが、先が見えないとなんとも云えませんね。
ちょっと沈み込んでいた気持ちがこれだけで浮き上がったので、自分をどうにかごまかしてがんばります(笑)。
[ 2010年04月22日20時42分25秒 ]
なんとなく緊張しながら送信。数日ログインができず管理人様にはご迷惑おかけ致しました。ちゃんとログインできました、どうもありがとうございますm(__)m
鶴ヶ城ライブカメラ、またはNTT東日本による福島ライブカメラを見るのが日課! と以前云ったら年齢を疑われました、酷い‥。会津大好きです。
鶴ヶ城の工事始まったようですね、少し前からですが囲われてます。私が先月末に行った時はカラーコーンが置いてあるぐらいでしたが。
どうやらおととい桜が開花したようです!見たいけれど行ったばかりなので自重します‥。
しばらくは東京で大人しくしようと云うわけで、日野に来ました!たまたまこちらに用事があったので寄り道です。
平日なので開館している新選組のふるさと歴史館にお邪魔しました。とてつもない雨の所為で(そう、雨の所為だ)、どうしようもない写真ですが。

詳細はまた後ほど。
[ 2010年04月22日13時15分04秒 ]
今まで見てきた分もありますが、とりあえずは昨日から開始。
ついに文久二年まで来てくださいました。慶喜はこの調子だと悪く書かれそうですね......。いつも賛否両論大きく分かれますが、個人的には今のところ中の上ぐらい。後見職の時から重要な箇所で重要な決断している割には、あまり日向に出られないのはなぜなのだろう。優柔不断と云われますが、それだけでもないような。個人的に西郷隆盛と並んでわからない人です。そんな殿さまを必死に守り抜いた勝は本当にすごいと思います。
と云うわけで、勝海舟ようやくの出番は待ち遠しかった! 龍馬がはっきり居場所を見つけたわけだから、ようやく物語も動き出すような気がしてます。
龍馬が斬りに行ったと云う勝のほらを武市に当てたんですかね、これは。武市と龍馬をだいぶ皮肉な運命的に描くなぁ、影ながら龍馬を救ってしまっていますから、本格的な完全決裂に至れない。龍馬伝の以蔵はやけに人間味があって、完全なる人斬りにはなれないような。って云うか、背負い過ぎ? こんなに孤立していないよ! 武市のために躊躇わずになんでもする以蔵が良いなぁと思うのですが、龍馬伝の以蔵は武市と龍馬でうろうろとしちゃっているのでなり切れない。最初からそうならないだろうとは思っていたので良いんですけど。
今回の龍馬はだいぶ、むりやりまとめたような気が......? でも何かを決めた時の福山龍馬はわかり易くて良いですね、きらっきらしている(笑)。二面の変化が激しくてすごいなぁと思います。
でも次回のタイトルはない。ないなぁ。怪物容堂って......、快物にしてしまえ。東洋や象二郎もそうだったけど、容堂の扱いだいぶ酷い。容堂がただの酒乱みたいでずっと気になっていたのですが、こう来るか(苦笑)。そう云えば東洋と容堂がそろうことってなかったですが、あの二人、だいぶすごい人物設定でしたね。並んだら絶対に怖い性格に仕立て上がってます。
象二郎と云えば、象二郎と龍馬の関係を今後どうするつもりかも気になるところです。あれ、どうするのでしょうね。
ところで、間崎哲馬、松平容保は出さないつもりなんでしょうか。春嶽に会ったのは千葉先生の力になっていたし、間崎って龍馬にとって結構重要だと思っていたんですが、そうでもないんでしょうか......。容保はもう守護職を受けている(はず)なので、家茂、慶喜、春嶽と共に出て来る! と期待していたのに、キャストも何もないですしね、新選組はもう出てるのに......。あと高杉。なぜ出てこない?! 玄瑞が居るので個人的には満足だけどって駄目だよ、高杉なんで居なかったんだと疑問ばかり。気になって久々に公式サイトを見たのですが、五月末には八・一八の政変、六月には池田屋事変と、さくさく進むようですね。武市の勤王年は、あまりにあっさりと終わってしまいそうです。瑞山は死に様が美しいけれど......、まぁやってはくれないでしょう。
次回を見るのが怖いなぁと少しだけ不安。
[ 2010年04月19日21時05分30秒 ]
はじめまして、始めてしまいました。今までHPだったのでブログも初です。
いつから幕末が好きかはあいまいですが......、小説は中学の頃からいろいろ読んでいました。
今まで乱読できちんと理解できていない部分も多かったので、一年前から史実の勉強をゆっくりし直してます。
まだまだほとんど初心者に近いような新参者なので、間違いあればご指摘お願いします。
タイトルは例文が後に付くのだと勘違いしてつけてしまいましたが、まあ良いか。大好きな「誠の義にあらず」にすべて直結させました。
斎藤一に心底ほれ込んで幕末が好きになりましたが、本当にみなさんそれぞれに格好良い生き方をしています。歴史上の人物を評価すると云うのは本当に難しいことで......、角度を変えると人はがらりと変わりますしね。調べるうちにこの人好きじゃなかったのに! と云う人が出て来ておもしろい。こんなことを書くと失礼ですが、最近ようやくにして坂本龍馬のすごさがわかりました。あ、龍馬伝で気付いたわけではないです、念のため(苦笑)。
世間様が歴女ブームで沸く少し前に勉強し直したので歴女呼ばわりされることがちょっと......。史実無視、漫画やゲームの歴史人物を追うのが歴女だと勝手に解釈していたのですが、そうでない人も居るし定義がわからない。私はゲームも好きなので否定するつもりはありませんが、その独特の価値観をそれぞれ楽しんで欲しいです。そこから史実に入る、とか云うのだったら大歓迎ですが。自称歴女の皆さますみません、ただなんとなく言葉が好きではないだけです、はい......。
しばらくは未熟ながらに更新が頻発するかもしれませんが、よろしくお願いします。
[ 2010年04月19日10時58分40秒 ]