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トコトンヤレ節

投稿者:桂小次郎 投稿時間:2010年08月10日22時55分21秒 | コメントなし | トラックバックなし

「トコトンヤレ節」
皆さんはこの曲をご存知でしょうか?

これは戊辰戦争の際、新政府の進軍中に歌われた曲で、長州藩の品川弥次郎(しながわ やじろう)が作詞、作曲は弥次郎の馴染みの芸者と言われています。(大村益次郎という説もあり)

では、歌詞を見てみましょう。

①宮さん宮さん お馬の前に
 ひらひらするのは 何じゃいな
 トコトンヤレ トンヤレナ

②あれは朝敵 征伐せよとの
 錦の御旗じゃ 知らないか
 トコトンヤレ トンヤレナ

③一天万乗の 一天万乗の
 帝王に手向かい する奴を
 トコトンヤレ トンヤレナ

④狙い外さず 狙い外さず
 どんどん撃ち出す 薩長土
 トコトンヤレ トンヤレナ

⑤音に聞こえし 関東武士
 どっちへ逃げたと 問うたれば
 トコトンヤレ トンヤレナ

⑥城も気概も 城も気概も
 捨てて吾妻へ 逃げたげな
 トコトンヤレ トンヤレナ

⑦国を追うのも 人を殺すも
 誰も本気じゃ ないけれど
 トコトンヤレ トンヤレナ

⑧薩長土肥の 薩長土肥の
 先手に手向かい する故に
 トコトンヤレ トンヤレナ

当時の状況としては、鳥羽・伏見の戦いに勝利した新政府軍は有栖川宮織仁(ありすがわのみや たるひと)親王を東征大総督として江戸に進軍を開始する訳ですが、鳥羽・伏見での勝利は徳川慶喜が大規模な戦争になって、日本が疲弊するのを嫌い、ほとんど戦わずして撤退した事によるものです。

新政府としても、幕府が本気で反撃して来たら負ける事もあり得ると考えていましたので、軍の士気を上げる事が重要でした。
ペリーが来た時も軍楽隊を連れてきましたから、そういう物の重要性を理解していたんだと思います。

ただ、旧幕府側の人からすれば、突っ込みどころが満載のひどい歌詞の内容ですけどね。

まずは、2番で旧幕府は「朝敵」とされていますが、これは明治天皇の意志ではなく、大久保や岩倉などが天皇を利用して無理矢理汚名を着せた事は旧幕府側も、当然分かっていました。

3番では「帝王に手向かいする奴」となっていますが、慶喜は公には「天皇家には絶対に逆らわない」として江戸に引いたのですから、まぁおかしなもんです。

5~6番では城を捨てて「逃げた」事になっていますが、鳥羽・伏見以前の旧幕府の戦力と新政府の戦力を比較すると、圧倒的に旧幕府側が有利でした。
慶喜が内戦を起こすまいとして引いただけです。(この辺りは徳川慶喜を書く際に詳しく説明します)

7~8番では「戦いたくはないが、手向かいする奴がいるから仕方ない」となっています。
新政府側がどうしても旧幕府府側が抵抗せざるを得ない様に、謀略の限りを尽くしたんですけどねぇ。

まぁ、これくらい突っ込みどころが多い歌詞ですが、個人的にはこのメロディと歌詞は好きなんですよね。
理屈を抜きにして勇ましいというか、気分を高揚させるというかですね。
この曲は軍歌として第二次世界大戦まで使われたと言いますから、麻薬みたいな効果があったんでしょう。

これを考えた品川弥次郎は、かなり先見の明があったんだと思います。

 

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