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幕末*その他

天誅組サミット、平成25年10月に開催!

去る2011年11月19日に地元の新聞社ホールで行われた幕末史の講演に行ってきたのですが、その時の話題が「天誅組」でした。
今回は、その時に仕入れた話題について。

天誅組と言えば、文久3年(1863年)に大和行幸に先駆けて現地で挙兵したものの、8・18の政変により後ろ盾をなくし、最終的に幕府軍の討伐を受けて壊滅してしまいます。
所謂天誅組の変ですね。
詳しい経緯や説明は、今回は割愛させていただきますが(申し訳ない)、その天誅組の3総裁の1人が、自分の地元岡山出身の藤本鉄石であります。
史料によっては、総裁は鉄石のみ、他2人は副総裁扱いだったとするものもあるそうで、それだけ天誅組では有名人だったそうなんですが、地元における鉄石の認知度は...如何ともし難く。
かくいう自分も勉強不足で全く知りませんでした、猛省。

と、鉄石の話が今回の本題ではないんです、前置き長くてすみません。
(また時間があったら、鉄石と天誅組については別項設けます。予定は未定ですが)


さて、その天誅組ですが、再来年の平成25年に挙兵(義挙)から150年を迎えるとのことで、天誅組終焉の地で知られる東吉野村では、それを記念して天誅組サミットを開催するのだそうです。

天 誅 組 サ ミ ッ ト !

そう、これの宣伝がしたかったんだ!

平成25年10月26日・27日の2日間、天誅組志士の慰霊法要と合わせて行うようです。
(慰霊法要自体は、毎年行われているようです)
具体的な内容は、またこれから詰めるのでしょうが、岡山に縁のある鉄石も東吉野に眠っていますし、時間の都合がつけば是非行きたいなと思います。
できれば熊野巡りと一緒に...

講演時に岡山の人用にと特別に用意してくださったチラシと東吉野村のパンフレットを頂きました。
地図も付いていたんですが、それを見る限りでも結構な数の史跡・名所があって、史跡巡りするだけでも楽しそうです。
ちょっと交通の便がいいとは言い難い地にはありますが、天誅組でこんなに盛り上がれる機会はそうないと思いますので、興味のある方はぜひぜひチェックしてみてください。


鉄石の最期は壮絶だったみたいです。
彼の終焉の地を、同郷人として1度は見てみたいものです。
行けるといいなあ。


【関連リンク】 (2011/11/24現在) ※敬称略
東吉野村公式ホームページ:http://www.vill.higashiyoshino.nara.jp/

[ 2011年11月24日13時51分26秒 ]

京の花街「輪違屋」物語(高橋 利樹)


日本で一番古い廓である島原。
その島原で今も太夫を抱える「輪違屋」、その10代目当主自らが執筆した輪違屋のお話。
フィクションの小説ではなく、ご当主の子供時代から、主に今現在の輪違屋の様子、島原の仕組みなどを「ですます口調」の口語体で分かりやすく、親しみやすく書いてあります。

島原の歴史がもっと書かれているのかと思ったら、ご当主のエッセイみたいな内容でちょっと驚きました。
でも昔と違う、昭和平成時代でも受け継がれている伝統、それに掛かる苦労、花街の仕組み、太夫さんたちの今の生活ぶりなどが紹介されていて、内容としては興味深かったです。

今でこそ島原は大門に輪違屋、角屋くらいしか名残が残っておらず、特に昼間に通ると至って普通の住宅街、寧ろ静か過ぎるくらいなんですが、ご当主が子供の頃、つまり昭和33年に売春禁止法が制定されるまでは、もっと賑やかなそれこそ「花街」だったことに驚きました。
少し前までは、幕末の頃の名残がまだ今より色濃く残っていたんですね。
その空気を感じてみたかった気がします。

壬生から近いこともあって、新選組の話も出てきましたが、当時の輪違屋は置屋だったので新選組は座敷に上がっていないということにも驚きました。
揚屋も始めたのは明治5年からだそうで。
今回もまた1つ勉強になりました。

(2011/10/20読了)

どちらかというと昭和・平成になってからの輪違屋のお話がメインなのですが、新選組の話もちらっと登場しますので、こちらのブログでも紹介しています。
島原は壬生から近いですし(今でも歩いて行ける距離)、輪違屋には近藤さん直筆の手紙も残されていますしね。

新選組が輪違屋の屋敷に上がったことがないということにも驚きましたが(揚屋の角屋で騒いでいた模様)、輪違屋が第2室戸台風が来るまでは3階建てだったという話には、もう心底驚きました。
2階までのイメージしかなかったもので...3階建ての輪違屋も見てみたかったものです。

今の島原、輪違屋の話が詳しいので、壬生方面の観光の際に予習として読んでおくと、より充実した旅行になるのではないでしょうか。
薄くて文字数も少なめの本なので、すぐ読めますし、旅行前に是非。

[ 2011年10月20日10時29分23秒 ]

歴史秘話ヒストリア第80回。

ちょっとオフでの生活の方がバタバタしているので、他のテレビ番組が追えていないのですが。
(いつぞやのTBSのオタク的には問題ありまくりだった新選組番組は、録画しただけで未視聴です)
2011年7月6日放送の「歴史秘話ヒストリア」は、家事の合間にどうにか見ることができました。

今回のヒストリアで特集された人物は、中島三郎助
幕末史に触れたことのある方なら目にすることのあるお名前だと思うのですが、如何せん自分は、こと土方さんもしくは新選組に関すること以外の物覚えが酷く悪く。
(学校での勉強のように、暗記が目的で幕末史をあさっていないので余計に)
「聞いたことのある名前だな~」くらいの認識でいたのですが、そうでした、箱館戦争にて壮絶な討死をしたと伝わる方でした。
本で読んだことあった!
人柄が良かったと伝わるこの親子の死を悼んだという話は、箱館戦争ものでよくお見かけするのに、肝心のその親子の名前を覚えていなかった自分が情けなくて情けなくて...要精進。

土方さんのお写真や名前が登場する度に、テンション上がりながら見ていた自分、本当に猛省しましょうね。
閑話休題。

それにしても、浦賀の与力だった彼は、本当に数奇な運命を辿ることになってしまったのですね。
詳しい説明は「ヒストリア」、もしくは関連本にお任せしますが、黒船に対する最初の交渉役、日本の海軍創設に尽力し、最期は新政府軍に対抗して旧幕府軍の一員として箱館まで戦った男───彼こそ本当にラストサムライだったのかもしれません。
今も彼を偲ぶ祭が地元で行われていると聞いて、胸打たれました。
本当に愛されていたんだろうな、彼は。

とにかく、中島三郎助に興味が湧き、また勉強しようと思ったのと同時に、今後はもっと人物名を覚えられるように、しっかり読み込もうと思った次第です。
...数読んでも、知識になってないと話にならない。

ちなみに、「ヒストリア」公式サイトの関連資料に挙がっていた本で、これは読んでいたようです。
もう2年も前ですが...余計にうろ覚えになっている訳だ。
ちょっと箱館戦争も勉強し直してきます。

好川 之範
新人物往来社
発売日:2009-01

土方歳三本はよく読むのですが、箱館戦争の記述部分は結構流して読んでしまうので、この際みっちり読んでみようと思って借りてみる。
たまたま手に取った本がこれでしたが、どうやら最近出たばかりで、内容が新しく非常に勉強になりました。
ただ若干、話が前後するので分かりづらい部分もありました。
素直に時間軸どおりに並べて欲しかった気がします。

(2009/08/04読了)


【関連リンク】 (2011/07/09現在) ※敬称略
「歴史秘話ヒストリア」公式ホームページ:http://www.nhk.or.jp/historia/index.html
「歴史秘話ヒストリア」公式ホームページ内、「世にも数奇なラストサムライ ~幕末 いつも"そこ"にいた男・中島三郎助~」紹介ページ:http://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/94.html
「NHKオンデマンド」内、「世にも数奇なラストサムライ ~幕末 いつも"そこ"にいた男・中島三郎助~」視聴ページ:http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2011029968SC000/?np_banID=missedosusume_historia_nakajimasaburosuke ※2011年7月20日まで有効

※再放送は、2011年7月23日の16時5分より予定(変更の可能性あり)
※オンデマンドでも見られます。

[ 2011年07月09日16時58分03秒 ]

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