初めて見つかった!竜馬の"婚約者"千葉さなの直筆文書(スポーツニッポン)
千葉さなの直筆文書を発見 都公文書館から(共同通信47ニュース)
おかげさまで千葉さな直筆文書が新聞記事となりました。ここでわかったのは、
①明治20年1月現在、千葉さなは千住1-1(現1-4)に住んでいた。
②建物は自分のものだった。
③千葉さな本人は「佐奈」の変体かなの記述であり、幕末期、父定吉が用いていた「佐那」の標記ではない。
④千葉さなが立ち退いた経緯から考えると、毎日新聞「千葉の名灸」にある明治15年春に灸治院を開業した可能性が高い。
このあたりでしょうか?
ですので、
明治15年春ころ → さな、千住1-1(現1-4)へ灸治院開業。
明治20年3月25日→ さな、立退きのため、千住中組70番地(現仲町12)へ移転。
明治21年7月31日→ さな、千住中組993番地(現仲町1-1)に灸治院を新築。
この順序によります(除籍謄本を参照)
面白いのは、千住1-1にあった建物とほぼ同等の建物を993番地へ新築しています。このあたりにさなの性格がでているような気がします(993番地の建物謄本によると、建坪21.9、2階3坪)。

千住の地は一時維新の際、宿駅の格の関係でやや没落しましたが、馬車鉄道等の開業により遊郭も賑やかでした。そうした背景が千葉さなにこの場所へ住まわせたものではないかと思います。


あさくらゆう
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