28日
6:00、強制的に起床。少し頭痛がする。この2日間、睡眠時間が少ないせいでしょう。
6:50、タクシーで岡山駅へ。ここで高速バスに乗るのですが、乗り場が遠い!
とにかくギリギリで乗車。なんとか間に合いました。
7:05、乗車。この車輌は4人シートですが、トイレ、給茶機が設置されて厚遇でした。
車内では昨日上郡で買った菓子パンをいただき、三田PAで明石焼きで朝食しました。
10:35、京都駅着。コインロッカーに荷物を預けます。
11:00、名古屋行きの高速バスに乗車。
11:53、八日市ICで下車。休憩はありません。
ちなみにここはトイレと自販機があり、向かいが市内バスの停留所でした。
12:18、定時にバス到着。
12:30、1つ乗り過ごしましたが、法務局へ到着。調査開始です。
13:20、法務局を辞去。収穫はありました。やはり現物を見るとわかりました。

13:46、近江鉄道で近江八幡へ。ヘロヘロな線路に似合わない豪華?な車輌でした。
14:00、近江八幡駅に到着。自転車を借りて西庄墓地へ。

滋賀県近江地域の墓所特有なのですが、墓所が2ケ所あります。ひとつは寺院にある墓所(参り墓)。そして共同墓地(埋葬墓)です。こちらは共同墓地のほうです。性質上、墓碑はほとんど存在しません。墓碑のかわりに目印の石ひとつなんてところも普通に存在します。なので特定は不可能でした。
前もってアポイントを取っておりましたのでとても親切にしていただきました。ありがとうございます。
ここで報告です。諸説入り乱れている西村家ですが、まず、
西庄ではまったく無名です。
司馬遼太郎の作品から、西村家の存在を初めて知ったのはご住職だったそうです。過去帖でその存在を確認し、地域に住む西村家に聞いたそうですが、まったくご存知の家はなかったそうです。いま浸透しているのは阿井景子さんの小説からであり、いま述べた現状以上のことは判明していないのが事実です。
ちなみに現在、西村家は円光寺の檀家ではなく、共同墓地にあった墓も移転されたそうです。
また、いままで推定されていた西村喜左衛門家址も違っていました。

この「マコトホーム」の場所は隣家です。その隣の納屋の場所に西村喜左衛門家が存在しました(公図と土地台帳で確認)。
それでも西庄は昔の雰囲気を残している町です。駅からもそう遠くなく、駅のレンタサイクルを使えば10分ほどで到達できます。機会があったら訪れてみてください。


あさくらゆう
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