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May 2010

千葉さな(佐奈・佐那)の観光名所

画像 669.jpg
 今年の大河ドラマ「龍馬伝」で颯爽と登場し、一躍人気を集めた千葉さなですが、意外に観光案内できる場所が少ないのが難点です。

 最近脚光を浴びた甲府の清運寺もありますが、さなが終焉を迎えた地、東京の千住にも情報発信の場所が存在します。

 コチラは矢立茶屋といい、千住のボランティアチームが結成したお店です。お食事もできますが、気軽に立寄れるスペースになっております。

 千住は最近ようやく脚光を浴びており、先月、千葉さなの灸治院跡に案内板もできています。

 最近のイチオシはコチラ!
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佐那カステラ(中身)

 佐那カステラです。15日訪問した際、ちょうどご店主が配達されておりまして、試食したところ、感激する美味しさです♪

 こちらはすべて手作りによって製作されるため、限定50本しか作れないそうです。そのため5月1日発売と同時に予約なしですと品切れが多いようです。販売は製造元の「ひので家」(北千住駅近辺)さんでもいただけますが、あらかじめ「矢立茶屋」で「さな」談義に華を添えながらお茶、あるいはコーヒーでくつろぐのも面白いかも知れません。

 お値段は1本750円でプレーン、抹茶、桜の風味3点が発売されています。特に最近は桜味の売れ行きが好調で、入荷して右から左に流れておりました(ちなみに3本箱入りの場合は2500円)。

 この矢立茶屋ですが、上記の通り飲食も可能です。おすすめは千住ネギを使った鴨つくねうどんで、650円で販売しております。そのほか、田楽は350円で、ほかにも甘味、飲み物等を揃えています。ご店主も気さくな方で素朴な疑問をぶつけてみてはいかがでしょうか?

 もちろん「千葉さな」の絵はがき等、さなグッズも揃えてあり、また、この千住は松尾芭蕉出発の地としても有名なため、本来は「芭蕉」のために発起したところでもあります。

 最寄駅は京成電鉄「千住大橋駅」から徒歩5分くらいで、墨提通り沿いに存在します。日光街道の旧街道を散策しつつ、「さな」の空気をはぐくんだ場所に立ちつつ、茶屋で談義しつつ、そのまま北千住駅(約15~20分)まで歩いて帰るのもよいかも知れません。

矢立茶屋
足立区河原町29-5
03(3882)0451
9:00~17:00

ひので家(佐那カステラ製造元)
足立区旭町24-9
03(3882)6455
10:00~19:30


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[ 2010年05月16日10時23分53秒 ]

おりょうの夫~西村松兵衛の生家跡を訪ねる

28日
6:00、強制的に起床。少し頭痛がする。この2日間、睡眠時間が少ないせいでしょう。
6:50、タクシーで岡山駅へ。ここで高速バスに乗るのですが、乗り場が遠い!
      とにかくギリギリで乗車。なんとか間に合いました。
7:05、乗車。この車輌は4人シートですが、トイレ、給茶機が設置されて厚遇でした。
      車内では昨日上郡で買った菓子パンをいただき、三田PAで明石焼きで朝食しました。
10:35、京都駅着。コインロッカーに荷物を預けます。
11:00、名古屋行きの高速バスに乗車。
11:53、八日市ICで下車。休憩はありません。
      ちなみにここはトイレと自販機があり、向かいが市内バスの停留所でした。
12:18、定時にバス到着。
12:30、1つ乗り過ごしましたが、法務局へ到着。調査開始です。
13:20、法務局を辞去。収穫はありました。やはり現物を見るとわかりました。
100428近江鉄道
13:46、近江鉄道で近江八幡へ。ヘロヘロな線路に似合わない豪華?な車輌でした。
14:00、近江八幡駅に到着。自転車を借りて西庄墓地へ。
100428西庄墓地

 滋賀県近江地域の墓所特有なのですが、墓所が2ケ所あります。ひとつは寺院にある墓所(参り墓)。そして共同墓地(埋葬墓)です。こちらは共同墓地のほうです。性質上、墓碑はほとんど存在しません。墓碑のかわりに目印の石ひとつなんてところも普通に存在します。なので特定は不可能でした。

15:00、墓所を辞去し、西村家の菩提寺だった円光寺へ。
100428円光寺

 前もってアポイントを取っておりましたのでとても親切にしていただきました。ありがとうございます。

 ここで報告です。諸説入り乱れている西村家ですが、まず、

西庄ではまったく無名です

 司馬遼太郎の作品から、西村家の存在を初めて知ったのはご住職だったそうです。過去帖でその存在を確認し、地域に住む西村家に聞いたそうですが、まったくご存知の家はなかったそうです。いま浸透しているのは阿井景子さんの小説からであり、いま述べた現状以上のことは判明していないのが事実です。

 ちなみに現在、西村家は円光寺の檀家ではなく、共同墓地にあった墓も移転されたそうです。

 また、いままで推定されていた西村喜左衛門家址も違っていました。
西庄西村家跡とされる場所
 この「マコトホーム」の場所は隣家です。その隣の納屋の場所に西村喜左衛門家が存在しました(公図と土地台帳で確認)。

西庄

 それでも西庄は昔の雰囲気を残している町です。駅からもそう遠くなく、駅のレンタサイクルを使えば10分ほどで到達できます。機会があったら訪れてみてください。


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[ 2010年05月01日10時41分49秒 ]

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