本日からブログ(?)になるか判らないけれど始めたいなって考えてます。
今月、というより今週は私が尊敬し、敬愛してやまない、
近藤 勇先生
の命日がやってきます。(旧暦なので本当は来月なんですけどね?。)
私自身、かつてあの、試衛館のあった場所の凄く近くに長いこと生息してました...。
いや~っ、なんか感慨深いです。しかもその次に引っ越したところは近藤先生の生家の近くでした。
局長命日にのみならず、4月はある意味、新選組にとって事実崩壊を意味するんじゃないかなって思うんです。
多分、崩壊は鳥羽・伏見戦だろう、とか甲州勝沼戦だろうとか、いいや函館戦だろうと
言う方々もいらっしゃいましょうが、やはり新選組の頭たる近藤先生が斬首されたとき総て終わったと私は考えているんですよね?。
会津へ移動して、最後まで徹底抗戦した斉藤氏達、上野戦争で命を散らした原田氏(彼は生死不明?馬賊の噂もある?)別な組織を作って抵抗した永倉氏、そして志半ばで病でなくなった沖田氏や山南氏。己の師事した人物に忠義を尽くして散った藤堂氏、忘れてはならないのが、近藤先生を影・日向になって健献身的に支え、函館で散った土方氏。
皆さんの思い入れはさまざまでしょうが、私は近藤先生あっての新選組と言いたいですね。
近藤先生だってわずか35歳(実際は32歳だったそうです)の若さで斬首!、(首切りですよ?!)されているんです。せめて切腹許せよ谷千城達...と言いたいです。
近藤先生も甲府出陣のとき、勝燐太郎によって幕府の心中相手に選ばれたかな?くらいは多分覚悟はしてたと推測したいです。あくまでも推測でしかありません。
よく、投降について"自分だけ助かりたかったから"とか"名誉欲から"とか"局長たる自分は大丈夫だろうとう慢心から"とかかなりえげつない評価を見ます。でも、s少し待ってください、それは誰もわからないことです、あたかも本当のように言わないでいただきたいのです。真実は亡くなった人にしかわかりませんから。憶測でしか物が言えないのですから。
近藤先生だって若くてなくなったのに、なぜか俳優さんは割りとナイスミドルさんばかり...。最近某国民的アイドルの彼以降は史実に近い年齢の方が勤められるようですが、相変わらず土方役との年齢の開きはあります...。どうせ、ごつくて絵にならないもん!!。でも、拳骨を口に入れて見せたり、笑うとえくぼが出来たり、御酒を飲んでも人前で醜態を見せないように頑張ってた姿、方言を気にしてた姿なんてなかなかと思います。
私は声を大にして言いたいです。
近藤 勇が好きじゃぁぁぁッ!!
以上です。
多分、私が書き上げた小説(御眼穢しです~ぅ
)等もたま~に乗せていく予定です(未定ですが...。
)これからも宜しくお願いいたします。
試衛館の猫
コメントを書く