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史跡めぐり

会津若松ひとり旅2010‐1

随分と放置状態でした。
体調を崩したり、仕事が忙しかったり、母が骨折をしたり…などとドタバタしていて、龍馬伝も見逃しています。
まぁ、なんとか落ち着いてきた先月、恒例の会津若松ひとり旅に行ってきました。
そんなわけで、レポートというか覚書というか…久々の更新♪

今年も行ってきました、会津若松ひとり旅。
気が付けば、いつの間にやら5年連続ですよ。
とにかく思い出せる分だけ、つらつらと書き並べてみました。
文章のみですみません。(写真は写メ日記にあります)

2010.10.23(土)

一時間ほどの仮眠を終え、家を出たのが22日夜11時半。
最寄のICから長野道~上越道~北陸道~磐越道と、途中で仮眠を挟みつつ一路会津へ。
毎度だけど、途中の濃霧には泣かされます。
会津盆地に入ったのは夜が明ける少し前。
正面左側に会津磐梯山の見事なシルエットが。
東に向かっているので正面が段々と明るくなってきて、濃紺から薄紫へのグラデーションに。
まるで影絵のような磐梯山に、胸が高鳴ります。
一年ぶりの会津。
いつもより30分程遅めの行程だったから見る事が出来た光景でした。

これまたいつもの磐梯山SAで時間調整を兼ねた仮眠。
私が会津若松ひとり旅を始めた5年前には、5台も停まっていなかった仮眠中の車。
高速料金休日割引の影響なのか、30台くらいは停まっています。
人が居た方が安心感はあるけれど、結構うるさいのよね。
1時間ほどの仮眠と、売店で買ったコッペパンとコーヒーで軽い朝食を済ませた後、
旅の道連れであるみかささんをお迎えにJR郡山駅へ。
本日はみかささんと東山温泉にお泊りのふたり旅なのです♪

みかささんと落ち合い、先ずは会津若松は鶴ヶ城へ。
鶴ヶ城は現在、屋根瓦を築城当時の赤瓦に換える工事で天守閣がシートで覆われています。
前回、みかささんと来た時にお城は見学済みだったのでコースから外しても良かったのですが、
ちょっと目的がありまして…。
一口2千円の寄付で実際に使用される赤瓦に自由に書き込みが出来るんですよ。
その受付が24日まででして、こんな時期に来たのも何かの縁と、みかささんにお付き合いいただいた次第。
みかささんにもお願いして、日付と二人の本名を書いてきました。
受付の後ろに 「マギー●司」 と書かれた瓦が…。
どうやらご本人が 「ぶらり途中下車の旅」 の収録で訪れた模様。

前回二人で会津入りした時には、太平洋側を台風が通過している真っ最中の大雨だったので、今回、町歩きリベンジ!
「山川邸跡地」・「柴四朗、五郎生家跡地」・「鶴ヶ城開城式の地」・「直江兼続屋敷跡地」 などを回りました。
途中、お昼を食べながら みかささんのリクエスト、七日町通りへ。
ちなみに 「なのか」 ではなく 「なぬか」 と読みます。
七日町通りには、吉田松陰や土方歳三が泊まった「清水屋旅館跡地」、新選組の斉藤一(藤田五郎)の墓がある
「阿弥陀寺」 、最近開館した 「会津新選組記念館」 など幕末関連の場所があったり、歴史を感じさせるお店が多く、
観光スポットになっています。
お城周辺も七日町も1年前と随分変わった所がありましたが、趣を残した上で発展しているのが嬉しい反面、
やはり今の社会の厳しさを感じました。
昨年までは存在しなかった 「会津新選組記念館」 が出来たと雑誌で知ったので入ってみましたが、
小さいながらもそれなりに史料は揃っていて良かったです。
七日町通りで幕末を堪能した後、お城の駐車場へ停めてあった車に戻り、お土産屋さんに寄った後、
今夜のお宿である東山温泉へ向かいました。

お宿は 「土方歳三が傷を癒す為に入った温泉」 というのが売りの旅館。
外壁に土方さんの肖像画が描いてあるあのお宿です。
いくつかの温泉があり、それぞれ楽しめるのですが、全部に入ったら逆に疲れるので、
夕飯の前と後の2回が限度。
あまりクセの無いお湯でしたが、お風呂上りは長い時間、身体がほこほこでした。
どちらかというとぬるめでゆっくりと浸かっていられるお湯なんだけど、
江戸方面でお育ちの副長にはどうだったのかしら?
「おい、なんでぇこのぬるまっこい風呂は!もうちょっと何とかならねぇのか島田!」 とか言って、
島田さんに「土方さん沸かし風呂とは違うんです。 それにあんまり熱いと傷にしみますから!」 と
窘められればいいと思います。
夕飯は会津の郷土料理である 「こづゆ」・「鰊の山椒漬」 や季節のきのこ、会津の新米が味わえました。
いろいろなお料理を少しずつ楽しめるのはありがたいけれど、ちょっと多くてかなり頑張って食べました。
夜は、楽しみにしていた幕末談義だとかハリポタ話など、全然出来ないままに私が布団に入ったとたんに寝落ち…。
ホント、寝不足&長距離運転で疲れていたとはいえ、みかささんに申し訳なかったです。
ゴメンなさい。

[ 2010年11月06日21時06分59秒 ]

象山は「ぞうざん」じゃないの!?

幕末ドラマを観るたびに、タイトルのセリフを言いたくなる地元民は多いハズです。(笑)
全国的に広まっている読み方と、地元で定着している読み方が違う人物って、
他にも居そうですよね。
実際はどうなんだろう?
「河井継之助」 は 「つのすけ」 で広まっているようですが、長岡では 「つのすけ」 だとか。
それを知って以来、「つぎのすけ」 と読むようにしています。

さてさて、県内で一番読まれている 『信濃毎日新聞』 。
本日の夕刊のテレビ欄に、何故か 「象山神社」 の広告が...v
プロフィール下でリンクしている 「徒然写真」 に携帯写真をUPしてありますが、
文字が潰れて読めないので、文字だけ転記。

【2011 佐久間象山先生 生誕200年 学問の神 象山神社】

いや、来年でしょ?
何で今から広告?
龍馬ブーム狙いですか?

せっかくなので、以前松代へ遊びに行ったときの写真をUPしておきます。


こちらの方では、桜は4月の中旬~下旬。
象山神社の周辺には、「象山生誕の地」、「象山記念館」などがあります。

 

zouzan_01.jpg

 

象山神社の境内にある 「高義亭」。
象山が松代で蟄居を言い渡された時、藩の江戸詰家老より提供された家屋で、
書斎や客間として使用していました。
高義亭の来訪者には、中岡慎太郎、久坂玄瑞、高杉晋作らがいました。

 

zouzan_02.jpg

 

[ 2010年03月13日21時25分06秒 ]

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